御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
ふう、と大きな息を吐く。すると後ろから身体を抱きしめていた翔が、美果の肩に顎を乗せたままこの後の予定を問いかけてきた。
「まだやるのか?」
「いえ……今日はそろそろ、おしまいにしようと思います」
美果の返答に、翔が「そうか」と頷く。
確かに受験勉強は大事だが、実際の試験日はまだまだ先だし、あまり最初から根を詰めて体力を使い果たしては意味がない。ノートパソコンの電源を落としてパタンと閉じると、翔が美果の左手を取って薬指の上にキスを落とした。
先日、美果の名字は晴れて『天ケ瀬』になった。聞いていた以上に天然な翔の母を含む天ケ瀬家の面々に挨拶し、美果の両親の墓前にも報告し、長年住み続けていた実家から翔の家に移り住んだ。
天ケ瀬百貨店本社も正式に退職し、婚姻届けも提出し、今は翔の妻として彼の私生活を支えながら自分の勉強を進める日々を送っている。
「来週は勉強時間を少し調整して、俺に付き合ってくれ。いくつか結婚の挨拶に行きたいところがあるんだ」
「わかりました」
翔に予定を確認されて、こくんと頷く。
翔の妻となった美果は、ときどき翔の知り合いや仕事仲間の元へ挨拶に赴く必要がある。
だが天ケ瀬の後継者の妻としてはまだまだ半人前だし、いまいち実感も湧いていない。午後三時を過ぎても翔の家に居続けてもいいことが新鮮で不思議な気持ちだ、と翔に伝えたら、ここはもう美果の家だからな? と笑われてしまうほどだ。
「さっきハワイで撮った写真をおばあちゃんに送ったときに、初めて『天ケ瀬美果』って書いちゃいました」
「そんなことで喜んでるのか? 美果は本当に可愛いな」
そして新妻は、今夜も墓穴を掘ったことに気がつく。