御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 リビングに散らかった服を洗濯機の中に放り込んで床にスペースを作ると、片っ端から紙類の仕分けをしていく。

 翔はその様子をじっと眺めるだけで、特に手伝うわけではない。もちろん美果は掃除の対価をもらうことになっているので、彼が手を出さないこと自体は一向に構わない。

 だが作業の様子をずっと見られているのは気になる。なんだか、ここ最近の仕事中に監視されているときと同じ感覚だ。

「天ケ瀬部長、一人暮らしなんですよね?」
「ん?」

 翔の観察するような視線にどうにも集中力を削がれるので、どうせならばと気になっていたことを質問する。

「こんなに広い部屋、必要ですか?」
「狭いと息が詰まるだろ」
「……」

 きっぱりと言い切った翔の言葉に黙り込んでしまう。

 数日前に翔から事情を聞いたとき、美果は彼の生き方を『息が詰まりそうだ』と思った。完璧を目指す姿は強くて凛々しいが、彼が背負う重圧と責任はあまりにも大きく、自分を偽る姿は少しだけ寂しそうだと感じていた。

 だが翔本人は、自身の生き方よりも狭い空間に物理的な息苦しさを感じるらしい。感覚が違うわけだ、とひとり納得する。

「そういえばお前、なんで仕事二つも掛け持ちしてるんだ?」

 美果が雑談をしながらでも手を動かせることに気づいたのか、翔がふとそんな質問をしてきた。

 翔が美果個人に興味を持つとは思ってもいなかったので、少しだけ意外だと思いながらも、先に彼の認識を否定する。

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