御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 確かに美果は二つの仕事をする姿を翔に見られているが、実はそれだけではない。

「二つじゃなくて、三つです」
「は……?」
「早朝に新聞配達のアルバイトをして、終わったら清掃のお仕事、少し休憩したら夜はキャバクラで働くサイクルです」

 美果の説明を聞いていた翔の表情がどんどん曇っていく。死にもの狂いで働いているという美果の申告に、同情でも憐みでもなく単純に『理解が出来ない』という表情だ。

「それ、いつ寝てるんだ?」
「夕方ですね。あとは、シフトが入ってない時間に寝だめしてます」
「……道理でいつも顔色が悪いわけだ」

 はじめて会話をしたときのことを思い出したのだろう。そういえば紳士服専門店の男性に仕事の邪魔をされたとき、表情を確認した翔に『顔色が悪い』と指摘されていたのだった。

 美果の様子をちゃんと覚えている事実に驚く反面、いつも顔色が優れないことまで観察されていたことを少しだけ恥ずかしいと思う。

 キャバクラの仕事のときは比較的厚いメイクをしているのでどうにでも誤魔化せるが、清掃の仕事中はナチュラルメイクだ。そのせいで体調まで見抜かれているなんて。もっとちゃんとしなければ……と内心反省していると、翔が更に質問を重ねてきた。

「なんでそんなに働く必要があるんだ?」
「……」

 それは仕事を三つも掛け持ちしている、と聞けば、誰もが当然のように持つ疑問だろう。

 本当は、答えたくなかった。

 自分の状況を言葉に出して再認識したくないし、天ケ瀬グループの御曹司という恵まれた環境に身を置く彼に、このみじめな状態を知られたくない。隠せるものなら、隠したままにしておきたかった。

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