御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 ならば翔の言うとおり、その時間は別の使い方をした方が有意義だと言える。いくら中学生のときから十年も雇ってもらい随分世話になっているとはいえ、社会人になった今も続けているのはあまりにも効率が悪い。

「お前、馬鹿なのか頭がいいのかどっちなんだ。非合理的にもほどがあるぞ」

 翔が怒りを通り越して呆れたように美果を詰るので、ついついむっとしてしまう。

 だが翔は頭ごなしに美果のやり方を否定したかったわけではないらしい。彼は彼なりに、美果の身を心配してくれているのだ。

 その証拠に責めの言葉と表情をしまい込んだ翔は、美果の前にしゃがむと心配そうに顔を覗き込んでくる。いつものきらきらでも尊大な様子でもない、珍しく悲しげな表情だ。

「……身体も売ってるのか?」
「いえ、それは絶対にしません」

 翔がぽつりと問いかけてきた言葉は、即座に否定する。

 彼は美果が『最終手段』ともいうべき道に足を踏み入れているのではないかと考えたようだが、それだけはしないと決めている。美果の身体は、正真正銘清らかなままだ。

「天国の両親やおばあちゃんが悲しむことだけは、絶対にしないって決めてるので」
「そうか、いい心がけだな」

 美果の答えに、翔が安心したように微笑む。その表情は演技や義理などではなく、美果の決意を知って心の底から安堵する彼の本心のように思えた。

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