御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 食事は人の身体を作る大切な要素だ。たった一時間の寝る時間さえないほど忙しくても、食事は数分から数十分あれば済ませられる。量は少なく質素だし、天ケ瀬百貨店の地下食品売り場に並んでいるようなお高い惣菜は滅多に口に出来ないが、それでも食事だけはちゃんと摂るよう心がけている。

「そうか、えらいな」
「あ、ちょ……!」

 美果が頷く様子を見た翔が、突然頭をわしゃわしゃと撫でてくる。ちょっと乱暴。けれど笑顔で子犬を褒めるような撫で方をされると、なんとなく照れて俯いてしまう。

 職業柄、これまでにも異性に触れられることは何度かあった。だが過去に経験してきた触れ合いとはぜんぜん違う。下心がなく自然な笑顔で美果を褒めてくれるのは、父以外では翔が初めてだった。

(この人、やっぱりすごいモテるんだろうな……)

 見ていればわかる。完璧に整った外見、美しい立ち振る舞い、素晴らしい家柄と肩書、優しい性格――は偽りかもしれないが、別に本当の彼も他人を踏みにじって蔑むような悪人ではない。むしろの素の翔だって、他人の身を案じて辛さを理解し、努力を褒めてくれるという人情に溢れる人柄だ。

 老舗百貨店や夜の六本木に勤めているためか、美果は『いい男』に出会う機会が多い。特に年齢を重ねた四十代半ば以降の男性は、外見にも中身にも色気と余裕が感じられる魅力的な人が多い印象だ。しかし翔のように若くて未婚であるにも関わらず、ここまですべてが完璧な存在はかなり珍しいと思う。

「そういえば、結婚がどうとかお話しされてましたよね?」

 自分の頭の中に浮かんだ『未婚』という単語で、ふと思い出した。

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