御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 翔と急接近したきっかけは、美果が彼の秘密を知ってしまったから。翔の思う『秘密』は『素の話し方をしている自分、完璧じゃない姿』であり、電話で話していた内容そのものではなかったらしい。だがあのときの会話を改めて思い出してみると、翔は『結婚』という言葉を口にしていた気がする。

 美果の質問を耳にした翔が、それまで頭を撫でていた手を止めてハアと嫌そうなため息をつく。だがそれは、質問をした美果に対する感情ではなく。

「仕事が忙しくて、私生活が乱れがちなんだよ」
「……」

 天ケ瀬翔は『完璧』を徹底している。しかしそれは表向きの姿で、普段生活している住まいの状態はお世辞にも綺麗とは言い難い。その理由は忙しくて家の掃除にまで手が回らないせい……らしい。

 美果には元からずぼらな性格で単に掃除が苦手なだけのように見えるが、翔は自身の乱れた生活も他人には知られたくないらしい。だからこそ、口が堅く信頼できそうな美果が掃除の相手として選ばれたのだろう。

「この惨状を見たお袋が、嫁を用意したと言い出して」

 翔の母親は息子の生活環境をある程度把握しているらしく、ずぼらな――ではなく、忙しい翔を傍で支える存在が必要だと考えているようだ。それは確かに一理ある。

「ではご結婚されるんですね。おめでとうございます!」
「しねーよ。勝手に祝うな」

 嫁という単語が出てきたので翔が結婚を決めたのだと思い、顔の前で小さな拍手をしながら祝いの言葉を述べる。しかし苛立った様子の翔に思いきり否定されてしまった。

「俺は自分の生活空間に他人がいる、ってのが嫌なんだよ」
「え……じゃあ結婚出来ないじゃないですか」
「だからしないって言ってるだろ」

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