御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「……生け花教室で、偶然出会いますかね?」
だからこそ疑問に思う。稲島物産の令嬢と天ケ瀬百貨店本社の社長夫人が偶然同じ趣味を持ち、天ケ瀬家近くの教室に偶然通い、偶然にも同じ曜日と時間にレッスンが重なり、たまたま親しく話すことになるものだろうか。もちろん絶対にないとは言い切れないが、少し違和感を覚えてしまう。
「そうだろ? 絶対、裏があると思うよな?」
道でたまたま会ったのならば本当に偶然かもしれないが、調べれば偶然を装えるのではないか――という美果の考えは、翔も同じだったらしい。
「お袋、ちょっと天然なんだ」
翔の口振りから察するに、彼は母親の説得を諦めているようだ。自分が嫌なことは嫌だと主張するが、母親が信じていることすべてを否定する必要はない、と考えている様子だ。
とはいえ翔も自分の結婚相手ぐらい自分で決めたいだろう。彼の母親だって『親が決めた相手との結婚』が今の時代に合っていないことぐらいは理解しているはずだ。
(なるほど……? 政略結婚みたいなものかな?)
親が子の結婚相手について当たり前のように口を挟んでくるのは、翔の母親がそういう常識の中に身を置いているからだろう。会社の利益や立場のために子ども同士あるいは孫同士が結婚する、という状況がありふれている世界に生きているのだ。