御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 世界が違うなぁ、としみじみ思っていると、翔がまた苦笑いを零した。

「まあ、俺は断ろうと思えば断れるからな。やっぱり、お前の方が大変そうだ」



   * * *



 話が脱線したので途中で少し手を止めてしまったが、その後すぐに作業を再開し、一通りの掃除を終了した。

「終わりましたよ」
「ああ、助かった。こんなに綺麗になるもんなんだな」

 美果が清掃会社に勤めて得た掃除スキルは、あくまで大きな建物の清潔を保つ目的のものである。

 住宅の掃除については素人レベルの知識と経験しかなかったが、翔の家の中は整理整頓するものと分別して捨てるものが多いというだけで、水回りやガス周りの掃除は比較的楽だった。それに女性の美果と違って男性の翔は髪が抜けても短いためか、排水溝の汚れや配管の詰まりも軽微だった。

 部屋数が多いので時間はかかってしまったが、蓄積していた埃を払ってモップや掃除機をかければ、翔の住まいは本当に広くて綺麗なおしゃれな空間に変身した。しかし美果には、部屋の汚れよりも気になることがあった。

「あの……もしかして天ケ瀬部長って、おうちでご飯食べないんですか?」
「ん?」
「パントリーもお掃除しようとしたんですけど、プロテインバーとミネラルウォーターしかなかったので……」

 そう、翔の部屋の掃除が思ったよりも簡単に済んだ一番の理由は、キッチン周りが異様に綺麗だったことにある。冷蔵庫の中身もほぼ空で、パントリーに入っているのは長期保存が可能な栄養補助食品と水のみ。シンクは水垢や油汚れはおろか、料理をした形跡すらなかったのである。

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