御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 翔のお礼の言葉に恐縮しつつ、両手で握っていた報酬入りの封筒を見つめる。

 家を掃除しただけで十万円という金額は、どう考えてももらいすぎである。専門の清掃業者に依頼して数人がかりで掃除をしたとしても、報酬はこの半分の金額になるかならないかぐらいだろう。

 だが他人を自分の生活空間に入れることを嫌う翔は、見知らぬ業者がやってきて家の中をべたべた触られるよりも、知っている人間が自分の目の前で作業する方が気が楽なのだという。

 よってこの報酬は正当だと説かれたので、美果もありがたく受け取ることにした。

 そのお礼として千円と少しの材料費で手料理を作るといういらぬ世話を焼いてしまった。だが意外にも、翔は美果の提案を断らなかった。

「それでは、失礼します」
「ああ、ご苦労さん」

 これにて天ケ瀬翔の自宅掃除ミッションは完了である。

 もう一度お礼を言って頭を下げると、玄関先まで美果を見送りにきた翔が、ひらひらと手を振る。

 その仕草に会釈を返して静かに扉を締めると、オートロックがかかる高い音が廊下に響き渡った。

「ふぁー……緊張した」

 エレベーターを待ちながら気力が抜けたように呟く。だが自分で口にした台詞の割には、心も身体も疲れていない。

 理由はきっと、自然体の天ケ瀬翔が思ったよりも怖い人じゃなかったからだ。美果はてっきり、高額報酬と引き換えに怒られながら掃除をすることになるとばかり思っていたのだが。

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