御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「顔色悪いみたいだけど、大丈夫?」

 よし掃除を開始しよう! と意気込むと同時に、ふと翔が美果の顔を覗き込んできた。急に距離が近付いたので、ドキリと驚く。

 翔の整った顔が心配そうに歪んでいる。その表情から、彼が『不快を感じているせいで美果の顔色が優れない』と勘違いしているのだと気が付く。

「だ、大丈夫です。平気ですよ!」
「そう?」

 笑顔を返すと、翔が小さく首を傾げた。そのささやかな動作にもわずかな色気が感じられてまたドキリとする。

 だが美果の顔色があまり良くないのは、翔のせいでも先ほどの男性のせいでもない。なぜなら血色の悪いこの顔色は、圧倒的な睡眠不足が原因だから。それに栄養も少々不足していると思う。

 しかしそれは今いま始まったことではないし、今すぐ解決できるような問題でもない。朝の星座占いが一位だったからといって急に状況が回復出来るほど、単純な問題ではないのだ。

「いつもお掃除ありがとう。広い建物だから大変だと思うけど、頑張ってね」
「は、はい……ありがとうございます」

 美果がこれ以上何も言うつもりがないと気づいたのか、翔が疑問と心配の表情をそっと引っ込めた。それからすぐに労いの言葉をかけられたので、美果も努めて明るく笑顔を返す。

 美果の様子を確認した翔はそれでも心配そうな表情を向けてきたが、ほどなくして顔を離すと、ふっと表情を和らげた。それからひらひらと手を振って美果に笑顔を残すと、そのまま五階の奥にあるビジネススーツ専門店へ向かっていった。

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