御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 あの日は別の業務についてもらっていたので、誠人は接待の席に同席していなかった。もし誠人があの場にいたら、店外で美果と遭遇するというハプニングは起こらなかったはずだし、仮に起きたとしても、もっと上手に誤魔化すことも、もっと丁寧に切り抜けることも出来たはずだ。

 だから失敗といえば失敗。だがあの接待の夜があったからこそ、こうして美果を手元に置くという状況に繋がったのだ。

 結果としてどちらが正解だったのか、今はまだ翔にもわからない。

「でも愛人契約って……吹き出しそうになったよ、俺」
「そうになった、じゃなくて、しっかり吹き出してただろうが。本気で蹴りいれてやろーかと思ったぞ」
「やめて、俺は翔と違って超か弱い」

 小学校に入る前から空手を習っていた翔は、誰かと喧嘩をしても負けたことがない。といっても、天ケ瀬百貨店グループの御曹司に面と向かってかかってくる相手はほとんどおらず、両親もどちらかというと護身用として翔に武術を習わせたようだ。

 唯一、翔の技にかかったことがあるのが誠人だ。何かにつけて翔をからかってくるので黙らせようと腕を伸ばしたら、偶然拳が当たって鼻血を吹き出して倒れること過去数十回。自分でも認識しているように、誠人はかなりの軟弱である。

 ただその弱さの代わりに頭は相当切れるので、相棒としてはこれ以上ないほど頼りにしている。

 ……いや。
 今は誠人のことではなく、美果の話だ。

< 61 / 329 >

この作品をシェア

pagetop