御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 真面目に考え込んでいると、誠人が奇妙なものを見るような視線を送ってきた。その表情を不思議に思って首を傾げると、顎の下に両手で握りこぶしを作った誠人が気持ちの悪い裏声を出した。

「きゃっ♡ 恋ってしゅごい♡」
「うるせぇ」

 何が「きゃっ」だ。可愛くないぞ。

 誠人はいつもこうだ。翔が本気で悩んだり真剣に考え事をしていても、すぐに茶化して揶揄ってくる。あれこれと考えすぎてしまう翔の右腕としてはバランスが取れて丁度いいのかもしれないが、折角色々考えていても誠人のせいでつい力が抜けてしまうのだ。

(まぁ、やるしかないんだけどな)

 抜けた力を取り戻すべく、己を鼓舞して次の会議の場所へと向かう。

 美果とは今はまだ雇用契約をしたにすぎない。だが出来れば早いうちに、自分のことだけを見てほしいと思っている。珍しく自分から『もっと近付きたい』と思うようになった相手なのだ。

 そのために翔がしなくてはならないことはいくつかあるが、まずは目の前の仕事をいつも通りに終わらせることが先決だ。

 これまでの言動から推察するに、美果は男としての魅力さえあれば落ちるほど簡単な女性ではない。つまりあまり好かれていないらしいマイナススタートの翔は、人として気に入ってもらうところから始めなければ、美果を本当の意味で手に入れることなど出来ないのだ。

「まあ、心配しなくてもすぐ幻滅されるって。なんせ翔、朝は毎日『アレ』だからな」
「……」

 ……出鼻を挫くような誠人の言葉には、せっかく意気込んだ翔も黙るしかない。

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