御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「よっし! やりますか!」
可動式の清掃ワゴンを掃除の開始位置近くまで運ぶと、ブレーキとロックをかけてモップを取り出し、ぐっと胸を張る。
フロアの床は昨晩の閉店後に別の担当者が電動マシンで綺麗に磨いているので、開店前の作業はそれほど大変ではない。とはいえ開店までに一人で三フロアの清掃を担当しなければならないので、ここからは時間との戦いだ。
「ふあ……やっぱり眠いなぁ……」
モップを動かしながら、安心したせいで自然とこみ上げてきた眠気に抗う。人の身体は正直なもので、眠気にはどうしても勝てない。それが顔に出ていたらしく、先ほど翔に『顔色が優れない』と指摘されたことを思い出した。
外部委託の清掃スタッフとはいえ、百貨店に足を運ぶ客から見れば美果も従業員の一人であることに変わりはない。開店後にトイレやエスカレーターの清掃をしていると来店客に話しかけられることもあるので、あまり不健康な顔は見せたくはなかったが……
「今日は、出勤前に少し寝たいなぁ」
もちろん今すぐ眠ることは出来ない。だからそれは仕方がないが『もう一つの仕事』が始まる前に、出来れば少し仮眠を取りたい。
この仕事の後に控えている別の仕事は、顔色が悪く相手に不快や心配を抱かせることなど、決してあってはならないのだから。