御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 もう何を言葉にしていいのかもわからず黙り込むしかない美果に、梨果がさらに非情な言葉を告げてきた。

 これ以上呆れることも驚くことも出来ないと思っていたのに、美果が想像もしていなかった台詞に思わず驚愕の声を上げてしまう。

「プロのカメラマンだったお父さんが使ってたものだもん。古くて二束三文でも、売れば多少のお金にはなるでしょ」
「ま、まって!」

 ソファから立ち上がった梨果が、父の私室がある二階に向かう。その行動力に美果はひとり焦った。

(それだけは……! お父さんとの約束が……!)

 それだけは絶対にやめてほしい。静枝に借金を押し付けて行方をくらまし、夢を追いかけていた美果が大学を中退してまで働いて、どうにか彼女の借金を肩代わりすることは許せても――美果と父の夢に手を出すことだけは許せない。

 血の気も気力も失せていた足に喝を入れて、梨果の前に立ち塞がる。本当はこんなにも身勝手な姉の振る舞いを受け入れるしかない自分が、情けなくて悔しい。けれど。

「……いくら必要なの」
「わーい、美果ちゃんありがと! 大好き♡」

 美果にはもう、どうやって梨果を説得していいのかわからない。自分が借りたお金を美果が夢を諦めてまで返済していることを知っているはずなのに、そこには一切触れずさらに金を無心する。

 恥を知らない姉の、理解に苦しむ言動に恐怖すら覚える。

 だがあと少し、もう少しの辛抱なのだ。静枝の名義で借りているお金の返済さえ終えれば、あとはもう梨果に手を差し伸べるつもりはない。
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