御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
けれど今はまだ、静枝を巻き込む可能性がある。梨果が静枝の入所する施設に赴き、事情を白状して金を無心すれば、間違いなく祖母の穏やかな日常は壊れてしまう。そんなことはさせない。させたくない……。
「じゃあね、美果。また来るから」
銀行の引き出し手数料を節約するために、まとまった金額を所持していたことが裏目に出た。生活費を入れている戸棚から封筒を出すと、その封筒ごと奪った梨果が颯爽とリビングを出ていく。
けれどもう、追いかけて奪い返す活力すらない。
「……貸したお金、ちゃんと返してよ」
「うんうん、わかったわかった!」
玄関の上がり框にブーティのつま先をトントンと押し付けると、くるりと背を向けた梨果が軽い足取りで外へ出ていく。機嫌の良い梨果にどうにか釘は刺したが、最後に振り返った梨果はへらっと笑って適当な返事をするだけだ。
パタンと閉じた扉の音が、一人きりの空間に虚しく響く。
(……くやしい)
お金をちゃんと返してもらうどころか、さらに彼女にお金を貸すことになってしまった。封筒の中身はぴったり十万円。美果にとってはかなりの大金である。
返ってくる見込みがなくても、せめて念書ぐらいは書かせるべきところだ。けれどその頭すら回らないほど、思考も心も疲弊してしまった。
(でもお父さんのカメラを人質にされたら……)
祖母の笑顔と、父との約束。
今の美果を支えてくれる、たった二つの大切なもの。