御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 自分が知っている海とは違う。〝楽園〟の名に相応しい絶景の数々は、幼い美果の心を強く惹きつけた。

「いつか私も、美しい空と海を自分の目で見てみたい。父の残したこのカメラで、ハワイの海を撮ってみたい」
「……」
「別に、プロのカメラマンになりたいわけじゃないんです。ただ父が――両親が愛していた景色を自分の目で見て、自分の肌で感じて、自分の手で写真に残したい。夢というより、憧れかもしれません」

 母が難病を宣告されたのは美果が小学校高学年のとき。その母はいつも、父の写真が病室に届く瞬間を心待ちにしていた。

『お母さんも新婚旅行でハワイに行ったことがあるのよ。元気になったら、梨果と美果も一緒に行こうね』

 そう語った母の照れ顔が、今まで見たどんな表情よりも可愛らしくて眩しかった。

『美果。父さんと一緒に三百六十五枚分のハワイの写真を撮ろうか。美果と父さんが撮った写真を毎日眺めてたら、きっと母さんも元気になれるよ』

 そうはにかんだ父の笑顔は、これまで見たどんな表情よりも凛々しくて格好よかった。

 結局、闘病中の母より先に父が逝ってしまい、さらに母も後を追うように儚くなった。

 だが父との約束を諦めていなかった美果は、その後も必死に勉学に励んで四年制大学の国際学部に進学した。強い憧れは希望に変わり、ハワイの伝統や文化、歴史や言語を学ぶことでいつかこの地に関わる仕事が出来たら、と思うようになったのだ。

 しかし美果の気持ちは姉の梨果にことごとく踏みにじられた。

 父との約束も大切だったが、静枝のことを思うと借金の返済が最優先だった。美果は結局、大学中退の道を選ばざるを得なくなった。

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