御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
けれど本当は、諦めていない。
美果の夢と約束は、まだ潰えていなかった。
「カメラのケースに、私のパスポートを入れてあるんです」
「ん?」
「今はまだ難しいですけど、いっぱい働いて、お金を貯めて、いつか自分で夢を叶えたい。そのための決意表明代わりでしょうか。私がいつかハワイに行くときはこのカメラも一緒ですから、同じ場所に入れておけば絶対に無くしませんし、忘れません」
姉の借金を清算して自分のためにお金を使えるようになったら、今度こそ父との約束を叶えたい。一度でもいいから『楽園』に行ってみたい。
このパスポートは、美果が夢を叶えるための宣誓書だ。せっかく取得したのだから、有効期限である十年以内に一度ぐらいはハワイへ行きたい。もしその時が来たらこのカメラも絶対に一緒なのだから、と、あえて自分の決意をカメラのバッグに隠しているのだ。
「だから、このカメラを売ることだけは絶対にしたくないんです」
「……そうか」
美果の話を聞いた翔の返答はごく短いものだった。
けれど美果の考えや想いを酌み取ってくれたらしく、向けられた微笑みはいつになく優しげだった。
「わかった。カメラはこの家に置けばいい。空き部屋の好きな場所を使って構わないから」
「あ、ありがとうございます……!」
翔の言葉に、父のカメラの安全が保証されたことに安堵する。これで美果が不在の間に梨果が勝手に売却してしまう可能性は、ほぼなくなったと言っていいだろう。