御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

4. 透明なレンズの中で


「どうした? 撮れるんだろ?」

 思いがけない提案に固まっていると、翔がにやりと口角を上げた。その微笑みに一瞬背中がぞくりと震える。

 ソファの背もたれに身体を預け、肘かけに頬杖をつき、長い脚を組んで美果を見下ろす笑顔は尊大かつ挑発的だ。雇用主であり年上である翔が、家政婦の美果を意のままに操ろうとするのは当然かもしれない。だがからかうような仕草には、ほんの少しムッとしてしまった。

「いいですよ、じゃあ撮りましょうか?」

 夢を見ているだけで実力が伴っていないと思われたくなくて――本当の意味で美果の気持ちを認めてもらいたくて、あえてその挑発に乗ることに決める。

 正座から膝立ちになってテーブルに近付くと、黒いカメラバッグのジッパーを開けて中から一眼レフカメラを取り出す。最後に手入れをしたのは半年ほど前だが、その時にバッテリーをフル充電にしているので、数枚の撮影なら可能だろう。

「ちょっと待っててくださいね、カメラの設定するので」
「設定?」
「写真を撮る前に色々調整が必要なんですよ。レンズもつけなきゃいけないですし、適正サイズとか、色や光のバランスとか、ピントの合わせ方とか」

 一眼レフカメラで写真を撮るときはレンズを装着しなければならないし、撮影モードや細かい設定をする必要もある。インスタントカメラやポラロイドカメラのようにただファインダーを覗いてボタンを押せばいいわけではなく、綺麗な写真を撮るためには被写体や環境に合わせた細かい調整が必要なのだ。

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