大嫌いな王子様 ー前編ー

ep.19 守りたいもの

「おぉっ!これ美味しいね!」

「伊織さんの手作りですよ」

「へぇ〜!暁兄の命令で朝は伊織が作ってるって聞いたけど、夜も作ってるの?」

「命令って言い方すんな。仕事だ」

「それが命令じゃん」


土曜日の晩飯。
いつもは伊織もいるけど、キッチンにいるみたいで先に俺と暁兄とで食べている。


「伊織さん、お料理ほんとにお上手で」

「あの料理長が一緒の時間にキッチン入るのをよく許したね」


ウチの料理長はこだわりが強く、仕事中は調理師たち以外絶対キッチンには入れない人なのに。


「いおらしいんじゃね?」

食事をしながらそう言ってフッと笑う暁兄。
暁兄も笑うことが増えた。

俺が家を出てた1年ぐらいの間で色々変わったのか?
それとも…


「和希坊っちゃま、よろしければこっそり調理場を見てみますか?」

牧さんの提案に乗って、キッチンに向かった。



キッチンに近づくと楽しそうな声が聞こえる。


「料理長!これすごく美味しいですね!作り方教えてください!」


「出汁が命だからな。伊織にはまだ早いかな」

「ですよね…ではそのもっと手前から勉強します!」


え!?

「あの鬼料理長が笑ってる…」

「でしょ?周りのお弟子さんたちもはじめ戸惑ってらっしゃいましたが、今ではみんな和やかで。ですが、厳しさはご健在ですよ」

なにがあってこんな風に…


「相変わらず勉強熱心だな、伊織は」

「栄養がある美味しいお料理を1つでも多く覚えたいので」

「ほぉ〜。花嫁修行か?」

「わわわ!!違いますよ!!」


まじすげー。
料理長と普通に話してる。



「暁斗くんや和希くんに作らせてもらってる朝ご飯に、ちゃんと責任を持ちたいので。なにより、1日の始まりに少しでも美味しいもの食べて頑張ってほしいですしね」



ドクンッ…

あれ…なんだこれ。
伊織の笑顔を見たら、胸がぎゅーって痛くなった。




その日の夜。
仕事終わりの料理長に会った。


「料理長、お疲れ様です」

「これは和希坊っちゃま。お世話になっております」


「あの…伊織のことなんですが…」

「はい、いかがなさいましたか?」


俺から話しかけたくせに言葉に詰まる。
どう聞けばいいのか…



「和希坊っちゃま、伊織は皆実家の光ですね。どうか大切になさってください」


俺が気になっていたことを見透かしたような言葉。

「光…?」

前に飯田さんが、伊織は太陽のようだと言っていた。



「伊織がここに来てから、皆実家は変わりました。奥様がいらっしゃった頃のように明るくなり、そしてまたその頃とは違う光もあり…坊っちゃまも感じておられるでしょう?」


「…そうですね」


「差し出がましいことを失礼しました。では、明日も宜しくお願いいたします」


そう言って料理長は帰っていった。



最近、伊織のことを考える時間が増えた。
出会った時から興味はあったし、暁兄から奪ってやろうって思ったりもあるけど

じゃあ、付き合いたいのかって思うと正直わからない。

なんだろう。


人を好きになったことがない俺は

好きになるって感覚がイマイチわからないんだ。



これが“すき”なのか?
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