お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

張り詰めた空気

「なぜ?」
「なぜって……け、研究者にとってマスクは仕事上必要なものですから……。感染源にもなるような危ないものも扱いますし。だ、だから、少し離れてください」

 見合いの時も思ったが彼に「なぜ?」と問われると、なんだか怯みそうになってしまう。だが、今の彼のぼそっとした呟きを瑞希は聞き逃さなかった。

(い、今、雰囲気違うから分からないって言った……!)

 やはり彼は昨日の相手と目の前にいる研究員が同一人物なのか、ただの同姓同名の別人なのかを確認するために呼んだのだ。ならば、何としてでも顔を見られるわけにはいかない。

(いくらメイクしてないからって、ここまで至近距離だったらさすがにバレるかも……)

 瑞希は顔を覗き込もうとしてくる彼から逃れるように思いっきり顔を背けた。


「ここは研究室ではないので、そのような心配は不要です。それに社長として、働く者の顔や名前を把握するのは当然のことだとは思いませんか?」

 その考えは立派だが、社員全員を把握するなんて不可能だ。自分の会社の規模が分かっていないのだろうか。

 瑞希はマスクの紐に手をかけようとした彼の手を掴んだ。

「いいえ! 忙しい社長に私みたいな平社員の顔を覚えていただくなんて畏れ多いです」
「そんなことはありません。貴方は優秀なようですから、尚のことよく知っておきたいです」

(知ってくださらなくて結構です。むしろ私のことは忘れてください!)

 マスクを取られまいと露口の手を押さえてはいるが、あまりにも強引すぎる彼にこれ以上は無理だと諦めそうになった時、エレベーターが目的の階につく。

 扉が開くと、秘書が露口を待っていた。彼はとても驚いた顔で瑞希と露口を見ている。
< 10 / 118 >

この作品をシェア

pagetop