お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
 ***

「え? キスマークを隠そうとして遅れてしまったんですか?」

 その日の夜。キッチンで食後のコーヒーを淹れてくれていた康弘が、瑞希の言葉で思わず手を止めた。

「別に隠す必要なんてないのに……」
「そういうわけにはいきませんよ。さすがに目立つので……」

 残念そうな顔で瑞希好みの豆乳がたっぷり入ったコーヒーを目の前に置いてくれる康弘に、ぺこりと頭を下げて彼の言葉を受け流す。すると、彼は瑞希の隣に腰掛けて髪を耳にかけてくれた。

「俺のせいで遅れたので、俺から所長に話しましょうか?」
「いえ、そんな……。と言っても数分なので、その必要はありません。でも、悪いと思っているなら今後目立つところにキスマークはつけないでください」

 康弘は瑞希のお願いに返事をせずに、難しい顔でコーヒーを一口飲んだ。彼が反応してくれないことに困って、上目遣いで顔を覗き込むと彼の眉間に皺が寄っていることがいることが分かる。その表情に瑞希が動揺すると、康弘が立ち上がった。


「康弘さん? もしかして怒ったんですか?」
「まさか。そんなことあるわけないじゃないですか。俺としてはキスマークはマーキングのつもりだったんですが、瑞希が嫌ならこっちで示します」

 そう言って康弘が床に膝をつき、瑞希の左手を取った。どういう意味だろうと康弘のほうに向き直ると、彼の真剣な眼差しに心臓がどくんと大きく跳ねる。彼は瑞希の左手の薬指に指輪をはめて、手の甲にちゅっとキスをした。

「こ、これって……!」
「婚約指輪です。本当はもっと早く渡したかったのですが、準備に手間取り時間がかかってしまいました。原田瑞希さん、どうか俺と結婚してくれますか?」

 その言葉と共にまた手の甲にキスが落ちてくる。彼の懇願に似た声に動けなくなってしまった。

 彼からは何度も『結婚しましょう』とは言われているが、指輪をもらって改めてプロポーズされると、すごく嬉しいものがある。瑞希が泣き出すと、康弘が眉根を寄せて笑った。
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