お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
 あまりの信じられなさに目を大きく見開く。

 ぷるぷると震えながら左上に書かれている『婚姻届』の文字を指差すと、露口が「ああ、間違えました」としれっとした顔で紙を取り替えた。

 周りの人たちは、この有効成分を使ってどういうものが作れるか話し合っているせいか、瑞希たちのやりとりに気づいていないようだ。

(間違えましたって……間違えましたって……)

「原田さん、驚かせてしまい申し訳ありません。社長は少し疲れているようです……」
「すまない。原田さんをかなり動揺させてしまったようだから、俺ではなく市岡(いちおか)が説明してやってくれ」

 丁寧に露口の非礼を詫び、名刺をくれ挨拶をしてくれる。とても好感の持てる秘書だが、瑞希の頭の中はパニック寸前だった。


「あ、あの……今のは何なんですか?」

 聞かなければいいのに、気になりすぎて尋ねずにはいられなかった。露口の顔と引っ込めた婚姻届を交互に見る。

「貴方が気にする必要はありません」
「で、でも……」
「これは昨日お見合いをした女性に渡すものです」

(え……私に? 婚姻届を?)

 まだ諦めていなかったのかと引き攣った顔を向けた。
 先ほどまでの和やかな雰囲気がなくなり、空気がぴんと張り詰める。

(やっぱりこの人変だ……)

 それはすでに断ったはずだと言ってやりたかったがバレるのは得策ではないので、冷ややかな視線を彼に送る。すると、彼がクスッと笑い、瑞希の耳に顔を寄せてきた。

「そのように反応されると、君がそうかと疑ってしまうのですが」

(……!)

 揶揄うように囁かれて、瑞希は耳を押さえながら立ち上がった。

「は? ち、違います! 誰だってこんなところで婚姻届(そんなもの)が出てきたら驚くでしょ!」

 ほかにも人がいるというのに何を言い出すのか、この人は。

 瑞希は慌ててちゃんとしたほうにサインをしてから半ば逃げるように会議室を飛び出した。背後で市岡の呼び止める声と皆の「どうしたんだ?」「何かあったのか?」という会話が聞こえたが、逃げずにはいられなかった。

(ど、どうしよう……めちゃくちゃ疑われてるかも……)

 そりゃそうだ。こんな短期間に同姓同名の人間と遭遇するなんて中々ないだろう。

 雰囲気が違っても疑ってしまうのも無理はない。が、だからと言ってこのまま疑いを確信に変えさせるわけにはいかない。

(もう嫌。頭痛い……)
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