お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
「おはよう。楽しそうね、二人とも」

 先に出社していた桜井(さくらい)が白衣に袖を通しながら、瑞希たちを見てクスクス笑う。
 上司である彼女に話を聞かれてしまい、瑞希はたじろいだ。けれど、知紗は気にしていないようで、彼女にも同様に疑問を投げかけている。

「おはようございます。社長の話をしてたんです。噂みたいな人に見えないなぁって」
「ああ、そういえばそんな噂あったわね。非情とか? 簡単にクビにするとか?」

 そんなわけないのにねと笑う桜井に知紗が食い気味にずいっと詰め寄った。

「桜井さん、何か知ってるんですか?」
「え? ええ、私は今の社長になる前からいるから少しくらいなら知っているわ。露口社長が就任した時にね、半数以上の役員たちを辞めさせたのよ」
「半数以上も?」

 びっくりして知紗と顔を見合わせる。

「ええ。使えないという理由でね。だからあんな噂が立ったのだと思うわ。会長のお気に入りの部下ばかりだったから当時はとても大騒ぎだったのよね」
「でもなんで……」

 すると、桜井が声をひそめた。知紗と一緒に彼女に近づいて耳を寄せる。

「当時、会長が何も言わないせいか……まともに仕事もせずに威張り散らしている役員が多かったのよ。当時はうちの会社、ブラックだったし……。それを露口社長が、就任を機に色々改善しようとして動いたらしいの。今となっては当時のことに誰も触れないから新しい社員(子たち)は知らないわよね」

 今は基本的に九時出社の十八時退社で過度な残業は禁止されている。有給休暇取得義務や教育制度に福利厚生も充実していて、ホワイト企業だ。そこまで体制を変えるのには、どれほどの苦労があっただろう。

 きっと感情に左右されずに物事を決めていく強引さも必要だったのだと思う。その過程の中で――あのような噂が立ったのなら悲しいと思った。

(悪く言われて嫌な思いをしない人なんていないわよね。平気な顔をしているけど……きっと不愉快だよね)

「だから……冷たいと言っても誰にでもというわけじゃないのよ。私は社長はとても公平だと思うわ」
「ええ……そうですね。私もそう思います」

 気分を害したらクビにされるかもしれないと怯えていた自分をひどく恥じた。
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