お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
「康弘さん、急にごめんなさい。お仕事大丈夫でしたか?」
「ええ。仕事くらいどうとでもなるので気にしないでください。瑞希さえ良ければ、こうしてタイミングが合う時は今後も一緒に昼食をとりましょう」

 小さく頷いて室内に入る瑞希に座るように促し、冷たいお茶の用意をする。ちらりと瑞希のほうに視線を向ければお弁当を広げていた。

 焼きたらこと青じそのおにぎりに卵焼き、唐揚げやきんぴらに香味ソースがかかった焼き鮭。夏野菜のマリネなんかもあって、その品数の多さに驚いてしまう。

(今朝、早起きをして何かをしているとは思っていたが、これを作っていたのか)

 用意したお茶のセットを持って瑞希の向かいに座ると、彼女がぺこりと頭を下げてきた。

「ありがとうございます」
「それは俺のセリフです。こんなにたくさん作ってくれてありがとうございます。感動しました」
「やだ、康弘さんったら。これくらいだったらいつでも作りますよ」

 にこりと微笑み取り分けてくれる彼女に頬が緩む。こんな幸せな時に彼女の心に影を落とすかもしれないことを話さなければならないと思うと気が重い。

(食事のあとに話すか……)

 安東のことを心の奥に押し込めて、卵焼きに箸を伸ばす。出汁がよく効いていて塩味が感じられる卵焼きだった。

「美味しいです」
「ふふっ、よかった。ねぇ、康弘さん。知紗を買収するのはやめてくれませんか? 今日だってランチに市岡さんが誘いに来てびっくりしました」
「相馬さんは喜んでいませんでしたか?」
「鬱陶しいくらい喜んでましたよ。天崎さんのことといい、私の近しい人を抱き込んでいくのやめてくれますか? そんなことしなくても、もう逃げたりしませんよ」
「そんなつもりはなく、ただのお礼のつもりだったんです。先週の金曜日の件もありますし」

 瑞希が逃げるとはもう思っていないが、一番親しい相馬知紗を抱き込んでおく必要性は高い。瑞希の好みも知りやすいし、万が一けんかをしてしまった時は仲裁もしてもらえるだろう。

 現状、知紗以上の適任者はいないのだ。

(瑞希は本当に信頼できる者にしか素性を話していない。安東にすら話していなかったのに相馬さんには話している。それだけでも相馬さんは安東より上だろう?)

 康弘は拗ねた顔で抗議してくる彼女を可愛いと思いながら、にこやかに笑って彼女の話を流した。
 酔って迷惑をかけた自覚がある手前、その件を出されると言い返せないのだろう。瑞希はそれ以上何も言わず、その後は和やかに時間が流れた。
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