大嫌いな幼馴染と婚約!?〜断ろうと思っていたのに彼の謝罪と溺愛に搦めとられました〜

プロローグ

 横浜にある高級ホテルの中庭に、六歳の女の子の悲痛な声が響く。

「やだっ! こっち来ないで!」
「なんで? お前も退屈なんだろ? 一緒に遊んでやるよ」

 花秋(はなとき)侑奈(ゆな)が、大人たちが集まる退屈なパーティー会場を抜けて一人で遊んでいると、十歳くらいの男の子が声をかけてきた。だが、その手の中には大きな虫がいる。

 虫が苦手な侑奈は慄いて、ずさーっと一気に後退った。


「俺、四條(しじょう)隆文(たかふみ)。お前、悠斗(ゆうと)の妹の侑奈だよな?」
「そ、そ、その前に……それ……どこかにやって……!」
「え? これ? 別に怖くないよ。ほら、ちゃんと見ればかっこいいって分かるから」

 笑顔で名乗る彼の手の中のものを震えながら指差すと、隆文が侑奈の顔の前にずいっと虫を突き出してきた。その瞬間、パニックになる。

「きゃあぁぁっ!」
「うるせーな。急に叫ぶなよ」
「ばかぁっ! やめてよ、どっか行って!」

 侑奈がまた大きく後退ると、なぜか彼が距離を詰めてきた。その顔はすごく意地悪そうだ。

(やめてって言ってるのに、どうして虫を持ったまま近づいてくるの!?)

 耐えきれずその場から逃げ出す。でも隆文は楽しそうに追いかけてきた。

「いやぁ! きらい! 虫も隆文くんも大きらい!」

 泣き叫びながら、隆文から逃げ回る。
 大人たちの「あらあら、仲のいいこと」という呑気な笑い声を恨みがましく思いながら全速力で走った。

(どこをどう見たら仲よく見えるのよぉぉっ!)

「逃げるなって」
「きゃあっ!」

 でも隆文のほうが年上で背も高いせいか逃げられなかった。肩を掴まれたのと同時に、足がもつれて転んでしまう。瞬間、侑奈の胸元に虫が置かれた。

(……っ!)

「いやぁぁっ! 取って! 早く取ってぇぇっ!」
「お前の泣き顔すげぇ可愛いな。もっといじめたくなる」

 そう泣き叫ぶ侑奈を見ながらそうのたまった隆文の嬉しそうな顔を今でも忘れられない。それから会社のパーティーや両家の集まりで顔を合わせるたびに悉く虐められた。池に落とされたことだってある。

 何度やめてとお願いしても、隆文はやめてくれなかった。それどころか泣けば泣くほど彼を喜ばすだけだ。
 彼からすれば侑奈は退屈を紛らわせるためのオモチャにすぎず、分かりあおうとするだけ無駄なのだと理解してからは、そういう場に参加しないようにした。やむを得ない場合は母の背中に張りついて、ずっと隠れていた。
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