私の二度目の人生は幸せです
3 悪事の限りをつくして転生
私はお腹を強く打ったあと、救急車で病院に搬送された。アー君は「お、おまえが急に抱きつくから悪いんだ」と恐怖に顔を滲ませたまま、走り去ってしまった。私がお腹を抱えて苦しそうにしているところを通りがかった通行人に救急車を呼んでもらった。
血液検査とエコー検査を受けた結果、不全流産だった私はそのまま入院することになった。術後に大量の出血があったので経過観察を含め3日間入院した。
退院して1日は家で療養して次の日、まだ腹部に痛みがあるものの少し無理して会社へ出勤した。
「東雲さん、瀧と連絡は取れてる?」
「……いえ」
アー君にお金を貸した女性が昼休みに食事もせずにトイレの鏡の前でボーっとしている私に話しかけてきた。
「今週の火曜日からずっと無断欠勤で休んでるって聞いた?」
「え……」
そうなんだ……。私、あんなことがあったから、職場へ休暇の連絡をした後はスマホの電源をずっとオフにしていた。
「会社のお金を持ち出したって噂を聞いたよ」
経理の女の子を口説き落として、口座の暗証番号と通帳を盗み不正に引き出したという噂が社内で流れているそう。請求書の偽造や架空経費の計上とか小細工なしのストレートな不正なので、すでに上層部へ知れ渡っているという。
「まあ、噂がホントなら会社には2度と顔を出さないはずだから、この前東雲さんが立て替えたお金は戻ってこないかもね」
同僚の女性は鏡で身だしなみを整えたあと、そう告げてトイレから立ち去った。
信じられないような話を聞いた夕方、友人から電話が鳴った。いきなり直電はめずらしい。いつもならSNSで今、電話に出られるかワンクッションあって電話するのに……。
「あー詩乃急にゴメン、今アイツがウィンスタでライブしてるけど、とんでもないことになってるよ」
アー君が……私はもう名前すら聞きたくない相手なのに電話の後、フォローしている彼のページを開いた。画面に映っているのは彼のアパートのゲーム部屋……たまにここからゲームの実況配信をしている。
「この札束スゴイだろ? 今からこの金で貴族に転生しちゃいまーす」
それって、会社のお金……転生? なに言ってるの。
「ちなみにこの金は勝手に彼女ヅラしてる女の預金全部と会社のお金でーす」
そんな、私の口座の暗証番号をアー君の誕生日に変えたって以前言っちゃったから……。バッグを探すとキャッシュカードは見つかったが、いつの間にか預金通帳が無くなっていた。
コントローラーで操作したのか、札束がすぅと透けて消えていき、アー君がスマホの画面をチラリと見た。
「じゃあな、愚民ども。これからもチマチマと底辺を這いつくばってくれ」
そう言い終わると同時に札束と同じように透けて消えていった。
✜
私は真っすぐ彼の家に向かい、まだ返してなかった合いカギで中に入る。ゲーム部屋へ行くと、スマホは置いたままだし、ゲーム画面もつけっぱなしになっていた。
私はすぐに配信しっぱなしになっているスマホの電源を落として、ゲーム画面を見た。
これって、私が置いてあった乙女ゲー……女性向け恋愛シミュレーションゲーム……。
アイツが家を空けている時にヒマなのでたまにやっていたが、一応最後までクリアした。複数のエンディングルートがあるが、推しキャラのロニ・ゴットフリートだけは真エンディングを見た。
シリアルコードなんてあったんだ。コンフィグ画面が開かれていて、シリアルコードが入力されたままになっていた。
コントローラーのそばに本が開かれていた。一度閉じてみると真っ黒な本でタイトルや作者名もない。金属のような手触りに巨大な魚のウロコを加工したような装丁が施されている。
最初のページをめくると、画面に出ている恋愛シミュレーションゲームの文字が……。本の内容はゲームのストーリーがルートごとに整理されていて、巻末のところに「特典」と書かれた付録がついていて破られたあとをがありめくると次の3つの内容が書かれていた。
・ゲームのなかとまったく同じ異世界に転生できる
・現金を500万用意してシリアルコードを入力したら、貴族でスタートできる。
・現金無しでシリアルコードを入力したら主人公の友人のひとりとして転生する。