私の二度目の人生は幸せです
39 親友と玩具
いつの間にか小雨が降りだしてきた。
「これから逃げるんだけど?」
「逃げられるわけないだろ」
「それはどうかな?」
私とキャムの間に流れるひりついた空気に周囲のものは息をのんで見守る。
「なあシリカ」
タメ息をつきながら、キャムは言葉を続けた。
「お前や家族の身の安全は俺が保証してやる」
だから大人しくしていろ、と私に言ってきた。コイツ、今までの薄っぺらい自尊心がまとわりついていた顔と違って、どこか悟ったような顔をしている。
「その場合、レオナード皇子はどうなるの?」
「ソイツの首は親父のものだ」
まあそうだよね、国王を討ったとしても皇子が生きていたら、キャムの父親はおちおち枕を高くして寝られないだろうなきっと……。
「アンタの父親はなんでこんな真似をしでかしたの?」
「それは俺のため、じゃなく自分の野心のためなんだろうな、きっと」
キャムの一族は今のエブラハイムの王権が誕生したころからある由緒正しい一族だが、その前はしがない平民だったそうだ。
だがある日を境に莫大な資産と権力を持つようになり、300年あまり領主を続けてきたが、それもそろそろ飽きてきたと父親が言っていたそうだ。
「なあ、お前も渡界人なんだろ? じゃないといろいろと説明がつかないからな」
スマホの話がマズかったか? ちゃんとバレてた。
「向こうの世界から来たもの同士、仲良くやろうぜ?」
「は? ゼッタイ無理」
それだけはない……たとえコイツが聖人に生まれ変わったとしても過去に犯した過ちは変えられない。
「そうか……じゃあここでお別れだ」
なるほどね、さっきから余裕かましてたのはこういう策を用意していたからか……。
キャムの合図で彼の父親にいち早く買収されたであろう教師や生徒数十人が一斉に草むらから姿を現した。
「そうね、アンタとは何度転生したって分かり合えない」
私のセリフが戦闘開始の合図だった。一斉に襲ってくる相手を片っ端からなぎ倒す。手加減? そんなものは必要ない。私以外のロニやレオナード皇子、オポトがエマやサラサを守っている間に私がティッシュ箱からティッシュを取るようにポイポイと教師や生徒を投げ飛ばして気絶させていく。
「ちっミラノ、ウェイク行け!」
「命令を拒否します」
「俺もイヤだね」
「お前ら……」
今の騒ぎで他のひと達が駆け付けるのも時間の問題だろう。周辺にいた裏切り者たちを気絶させたあと、3人が揉めていた。
「私は人質を取られて無理やり言いなりになっている父の敵を取ります」
「俺の親父も息子が同じ道を選ぶと思っちゃいないさ」
「くっ」
ミラノとウェイクが順番にキャムを裏切る。キャムはひとりだけ除け者にされて視線が揺れ動く中、ある人物に目が止まった。
「お前は違うよなサラサ?」
「わ……私は」
ずっと顔を伏せているサラサだったが、キャムに掛けられた言葉で鞭を打たれたようにビクリとカラダがはねた。
「ううん違わない!」
「し、シリカ」
私はサラサを抱きかかえて、キャムに言い放った。
「サラサは私の親友、誰にも奪わせない」
「ふざけるな、俺の玩具だ」
「寝言はもう一度性根を直して転生してから言いなさ……いっ!?」
キャムが暴走した魔力を闇属性に変換しはじめたので、身体強化と脚力強化した動きでキャムの近くへサラサを抱いたまま移動して思いきり蹴り飛ばすと近くにあった塀を壊して奥の木にぶつかり木を一本倒したところで崩れ落ちた。
「……ま、待て」
「アンタに振り回されるのはもうたくさん。私はそのためにチカラつけたのだから」
最初は復讐のためだった。でも今はそれだけではない。自分の人生を自分で切り拓くための魔法を手に入れた。
気絶したキャムを放っておいてサラサを下ろし、彼女に伝える。
「アナタの呪縛を私が解き放ってあげる。だから私についてきなさい」
「はい!」
周囲はいつの間にかどしゃ降りの大雨に変わっていた。彼女の目に伝うのが雨か涙かは定かではない。ひとついえるのは顔がしわくちゃになっているその顔を私は美しいと思った。
やはり乙女ゲーの主人公は彼女だ。こんなにも素敵な子を攻略対象の男どもは放っておかないだろう。