私の二度目の人生は幸せです
41 初めての感情
「運転手さん、なにそれ、全然面白くないんだけど?」
「いえ、冗談を言っているわけではないですよ」
ある乙女ゲーに似た世界へ転生できる。500万を用意してゲームに捧げたら一生遊んで暮らせるリッチな貴族さまになれるそうだ。
「証拠は?」
「試してみるといいです」
大きな黒縁メガネを掛けたタクシー運転手は、本を手に取って一番後ろの方を開くよう言ってきた。
ある乙女ゲームを用意してこの本の巻末に書いてあるシリアルコードを入力すると異世界に転生できる。また怪しい話をいきなり信用しろというのも難しいだろうからお試し用のシリアルコードを使えば現金が異世界へ転送されてるので試すといい。と言われた。
このゲームって、誌乃が俺んちに置いてある乙女ゲーじゃん。やったことないけど。
異世界、ね。──本当に行けるなら行ってみたい。このクソみたいな人生を卒業して金持ちからスタートなんて最高じゃん。
俺ってホント運がねぇ……。親ガチャに失敗してずいぶんと酷い目に遭った。こっちはなにも悪くないのに職場の連中は俺を下に見てくる。スタートさえ良ければ二度と失敗はしない。
家に帰って、乙女ゲーを起動した。設定画面からシリアルコード入力画面に入り、コードを入力したら本当に目の前にあった10円玉が消えた。ははっ……嘘だろマジか? 100円玉、1,000円札と試したがすべて目の前から溶けるように消えていったのを見て確信した。ようやく俺に運が回ってきたんだなって。
500万か……彼女ヅラしている女の口座には200万くらいしか入ってない。あの女ホント使えねー、もっと金貯めとけよな……。
仕方がないので金融会社に金を借りに行ったが、100万までしか借りれなかった。上限額か、くそっ。
最後の手段で会社の金を不正に引き出した。経理の女を口説き落としたので簡単に引き出せた。俺の代わりにバカな経理の女があとで払えばいいい。よしっあとは転生するだけ。
どうせこの世界は最後だから、ゲーム実況で今まで俺に上から目線で小銭をくれてたヤツらに挨拶しながら行こうと思う。
✜
それから俺は本当に転生ができた。
すごく偉い貴族で、土地も建物もたくさん持っていて人も大勢抱えている。母親は俺を産んだ時に亡くなったようだが、別に必要じゃない。俺は長男で他に兄弟姉妹はいないので、すべて俺の物になる。だから幼少時から親父に失望されないように賢い子であるのをアピールしまくった。俺に失望し、後妻を迎えて後継者争いでも始まったらイヤだからな。
5歳になるまでなに不自由なく順調に成長した。5歳になってすぐに乙女ゲーの主人公、ゲームソフトのパッケージに載っている主人公が下女としてこの家に仕え始めた。
おもしろくねえ……。チートキャラじゃねえの? なんでもできるし、魔力も同じ5歳とは思えないほど高い。もちろん俺も上位貴族の息子、それなりに魔力があるが、主人公と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
せっかく金も権力も手に入ったのに能力で比較されるのはムカつく。親父のヤツ、なにを考えて俺のそばに置いてるんだ?
そんなことを考えていたら、もっととんでもないのがやってきた。
シリカ・ランバート、魔法研究機関から調査派遣された爺さんの助手としてやってきたソイツを見て俺は初めて恋らしき感情が自分に芽生えたのを感じた。
顔の造形だけなら主人公の聖女の方が上……だけどソイツの声が、姿が俺を釘付けにして止まない。
ちょっとした魔物が出てくると思ってた。まさか幻獣種が出てくるなんて思ってもいなかった。親父が高い金を出して手に入れた魔導書なんかクソの役にも立たなかった。
なのに、だ。魔法研究機関からやってきた爺さんはいいとしてもゲームの主人公もシリカ・ランバートも俺と違ってちゃんと活躍した。特にシリカなんてとんでもない水魔法と鉄魔法で100近くある首を全部落としやがった。
5歳だぞ? どうかしてるだろコイツ。
憧れる反面、悔しくもあった。だから父親に英雄を騙れと言われた時はイヤだったが、親父を失望させるのはマズイのでこれから実力を伸ばせばいいと俺は必死に魔力を上げ、魔法を覚えた。
だが数年経っても5歳の頃のシリカ・ランバートの足元にも及ばなかった。それどころかいつも隣にいる主人公まで最近では光の聖女だと言われて、俺の陰がどんどん薄くなってきているのを感じる。