私の二度目の人生は幸せです
48 自己満足
──ダンジョンに潜って半年が経った。
現在地は99階層、最下層が100層とは限らないが、ひとつの目安にはなるだろう。
思えばこの半年で私も含めて相当鍛えられた。
1か月ほどして気が付いたが、どうやらこのダンジョンは挑戦者の育成プログラミングのようなシステムに思えてならない。
乙女ゲーの世界では、皆、ゲームの終盤での魔力総量は最初にダンジョンに入った時のせいぜい倍くらいしかなかったが、今では数倍に伸びている。これだけあれば余裕でどこの国へ行っても無双できると思う。
「シリカ……」
「あっ、エマ、そこ足もと危ないから気をつけて」
──ずいぶん前からサラサのことを避け続けている。第5層の本心フラワーというけったいな魔法植物のせいで、今までのようなコミュニケーションが取れなくなってしまった。
サラサには悪いという気持ちはあるが、彼女とどう接していいのか分からない。以前のように接して私の気持ちが彼女に傾いていくのが怖いし、彼女を傷つけやしないかと心配でもある。
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ダンジョン99層のクリア条件
ドラゴンを討伐する。
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ドラゴンと言うのはゲームやアニメでは定番のモンスターだが、この世界では違う。あのニオギ・ヒュドラと並ぶ幻獣種でこの大陸の黎明期に一度だけ現れて、大陸を焦土に変え、何処かへと飛び去ったという著名な文献にいくつか記録が残っている。
要は今まで誰も倒したことのない最古の生物にして最強種の一体で人間が喧嘩を売っちゃいけない相手の代表格である。
記録によると高い知性を備え、扱う魔法は人間より遥かに強大で鋭く、速い……。比類なき強靭な肉体を備え絶対的な硬さを誇る鱗を持つ……。
うーん、勝てる気がしない。
炎を吐かれて一発で黒焦げになって終わりそう。
(引き返しますか?)
私が顎に手をやり、悩んでいると念話でアールグレイが話しかけてきた。
止めはしない、と賢者アールグレイの声がさらに頭に響く。
私は英雄になりたいわけではない。誉められたいわけでもなく後世にその名を残したいわけでもない。普通にパルミッツ魔法高等学院を卒業して普通に就職して素敵な殿方と結婚できれば少しくらい貧乏でも文句は言わない程度のありふれた幸せが欲しいだけ。
勝てるかどうかも分からない勝負に自分の命をやすやすと賭けるような蛮勇も持ち合わせていない。いっそダンジョンから出てこの大陸を離れて、バロア師匠のところへ身をうずめるのも悪くない。
だけど……。
私たちが目指す最下層には地上で起きている混乱を収めうるチカラが眠っているという。私が……サラサやレオナード皇子が目覚めさせないと誰がそれをやる? サラサのお姉ちゃんは? 私の家族、皆の家族は今はどうしている?
たぶん想像とそう大きく違わないと思う。ひとつ確かなのは、皆、苦しい思いをしている。人々を救いたい、だなんて崇高な理念などとてもではないが口にできない。ただ、自分のまわりのひとくらいはどうにかしてあげたい。
そういえばバロア師匠がこの大陸から旅立つ朝、私にある言葉を教えてくれた。
迷った時、どちらが嫌か、ではなく、どちらが満足するか、で決めなさいと教えてくれた。
しょせん人間の頭のなかは9割は自己満足で出来ている。私のなかでどちらが満足するか? それは……。
✜
「本当にやるんだね?」
「うん、皆行くよ」
レオナード皇子が最終確認してきた。
進むも退くも私次第だった。皆、この半年で私の実力を十分に理解しているから。私が行くのなら不可能という壁を壊せる可能性が生まれるから……。
99階層は牛や豚がたくさんいて魔物や魔獣の類がまったくいない。すべては階層主のためだけに用意されているようにみえる。
全長30メートルの巨体を丸めているが、寝ているわけでなく近づいてきた私たちに視線を向けている。そこには感情のようなものはなく。ただ淡々と観察しているといった感じだ。
「ようやく来たか小さき者よ」
「人間の言葉が話せるんだ?」
「愚問よな、今話しておるだろうに」
相変わらず、身動きひとつせずに顎だけ動かし、私と会話を始めた。
「私たちの目的を知ってる?」
「またも愚問を囀る。我はこの階層を守護するもの、そして汝らの試練として立ちはだかる者なり」
「そう、じゃあどちらかが滅ぶまで戦いましょう!」
「賢明な答えに辿りついたようだな、遠慮は要らぬ、全力で我に挑んでくるがよい」
ようやく巨大な鎌首を持ち上げた。
──とても大きい。カラダを起こしただけで全長50メートルくらいの高く険しい壁となった。