私の二度目の人生は幸せです
57 偽計
「北に拡げていた枝の連絡が途絶えただと?」
下は煮えたぎったマグマで足場は片足を乗せたらいっぱいになる細い支柱のみ。4本の支柱にそれぞれ魔人の幹部がそれぞれの能力を使い、立ったり座ったりしている。
四騎士と呼ばれる彼らは、少し離れた桟橋の上から報告した伝令の方を向いている。
長髪の理知的な男、髪の毛が逆立った粗暴さが目立つ男、細い支柱のうえで逆さまになって指1本で腕立て伏せをしているムキムキの女、右腕だけが異常発達した大男の4人。
伝令の報告を受けて、他種族に襲われたものなのか……もし襲われたとしたら、どの種族がやってのかと4人で話し合いを始める。
「どの種族だろうと構わん、誰か行って潰してこい」
奥の方で玉座が宙に浮かんでいる。玉座のひじ掛けに両足を掛けて斜めに座っている仮面の男が指示を出す。
粗暴さが目立つ男と長髪の理知的な男が行くと4人の話し合いで決まったところへ別の伝令が駆け込んできた。
「人間が攻めてきました!」
✜
緩やかな丘陵地帯から前縁に広がる森を見下ろす。
伝令の報告では人間の武装した集団が森のなかへ侵入したとの報告を受けた。
「人間なんぞにやられやがって、馬鹿どもが!」
唾を飛ばしながら、背後に控える部下たちに八つ当たりをしている粗暴な男を放っておいて、理知的な長髪の男は一見なんの変化も見られない森を眺めながら考えに耽っていた。
粗暴な男が言うように本来なら人間がどれだけ徒党を組もうが数が多いだけの貧弱な連中……他種族のような特性もなく、ほぼ底辺だと言っていい存在である。
そんな連中が、組織的に動いてここへ向かっていること自体が普通だとまず考えられない。
逆に考えると、自分達の知っている人間がそのような行動を取ること自体が不気味で油断できない。
布陣を敷いている丘の中腹の下にある森……そこから数百メートルとない場所一帯の鳥が一斉に飛び立った。
「手柄は俺のモンだっ!」
「待て! ……くそっ」
制止したが聞いていない。粗暴な男は自分の騎兵約300人を率いて、馬の腹を蹴り、勢いよくなだらかな丘を降っていった。
理知的な男は馬に乗っていない。彼が率いる歩兵部隊と一緒に騎兵のあとを追った。
──なんだこれは。
粗暴な男についていった騎兵の亡骸が森のなかで、あちこちに転がっている。
糸、か……。魔法で生み出された硬い糸。銅よりも硬い金属のようだが、理知的な男はそれがなにで出来ているのかまではわからなかった。その硬い糸が木々の間に無数に張り巡らせている。試しに木の枝をその硬い糸に放ってみると音もなく滑らかに切れたので驚いた。
だがこの亡骸の多さには疑問が残る。この場で転がっているのは全員、魔人のなかでも精兵ばかり。当然魔法も使えるので魔力で生み出されたこの糸を注意すれば難なく避けられるはずなのにいったいなぜ?
「うっ……」
部下のひとりが足元付近にある硬い糸に触れないように飛び越えると、呻き声とともに首と胴がきれいに切断された。
「お前たち一歩も動くな!」
魔人の幹部である理知的な男でさえ、よく目を凝らさないと視えない透明な糸がある。「魔力」が視えるのを逆手にとられ、本当の罠に誘い込むための囮として使われている。巧妙な罠に気づいた途端、カラダが冷えていくのを感じた。
これはヤバい。
「すぐに退……」
長髪の理知的な男は退却の号令を最後まで言い切ることができなかった。
視界がグルグル回り止まったかと思うと、地面に頬がくっついていて、切り離された自分の胴体を見上げる。
ドサッと目の前に粗暴な男の首が落ちてきた。
同時に周囲の部下たちの悲鳴があちこちで聞こえる。ダメだ。完全に嵌められた。
頭の上の方で足音が聞こえ、長髪の男の視界にまだ成人にもなっていない人間の少女が映り込む。
「うん、やっぱりコイツがもうひとりの幹部だね」
失われていく意識のなか、長髪の男は知っているはずの人間の姿かたちをした目の前に立っている別の「ナニか」がすべてを壊すことを確信した。