私の二度目の人生は幸せです

8 悪役貴族と乙女ゲーの主人公



 魔法使いの移動手段って(ほうき)に乗るイメージがあるが、この世界では自転車が空を飛ぶ。ハンドルの部分がY字ではなく縦にH型をして左右だけでなく空中では上下にも操作が可能な乗り物になっている。

 魔力の消費が激しいため、普通の人には乗れない魔法使い専用の乗り物だが、今回は私がいるのでサイドカー付きの特別仕様の自転車が用意されていた。

 弟子? をサイドカーに乗せたバロアが運転する自転車は居住棟の屋上から離陸すると、ぐんぐんと景色がうしろへと流れていく。

 元居た世界の自転車はひと漕ぎで進む量はペダルと後輪についているギアに伝達する踏み込むチカラで決まるが、異世界の自転車はゆっくり漕いでも魔力の瞬間出力が高ければそれだけ前へ進む量が大きくなる。そのため別大陸では〝賢者〟の称号を持つバロア・デニエールが漕げば時速100キロ超えのモンスター自転車に早変わりする。

 1週間はかかる道程を1時間くらいで到着した。

 街の手前で自転車から降りた。バロアの魔法で亜空間に空飛ぶ自転車を収納し、市壁に囲われた街のいくつかある門の前まで歩いていくと、市壁の内側にある獅子の石像の目が白く光る。

「バロア・デニエールさまでいらっしゃいますね。今、迎えのものが参りますので」

 どうやって伝達したんだろう? 不思議に思いながらも待つこと数分、赤い車体に金箔で精緻な意匠が施された、いかにも高級そうな馬車。市壁の門前に停まると扉が開くと、中から10代後半くらいの女性が降りてきた。

「ようこそペルルクの街へおいでくださいました」

 彼女の名前はテレハ・ボールドマン。この街の領主に仕えているそうで、その姿は道行くひとが思わず振り返る程の美しい容姿をしている。そして私には見覚えのある(・・・・・・)女性そっくりに見えた。

 さっそく馬車に乗り、街並みを馬車の窓から眺める。王都デルタよりも高い建物が目立つが、都市計画がうまく行ってないのか、高さが揃っておらず、高層階の建物の隣が平屋で、また高層階の建物が並んでおり、まとまりを感じない。

「こちらがこの街と周辺を治めるテイラー家の屋敷です」

 第3階位貴族(グラッズリエヴロン)にして、上級貴族であるテイラー家は由緒正しく10代以上続いている名家になる。ちなみに第1階位貴族(フォルドリズマン)第2階位貴族(ケイナアーチャー)は王族に連なる血筋であるため、第3階位貴族は貴族のなかでは実質上、最上位に位置している。

「遅い!」
「フォッフォッこれでも急いできたのじゃが?」

 いきなりな挨拶。ちなみにお互い面識はないのにいきなりギスギスしだした。

 部屋のなかへ入ると、茶色の髪で口ひげが面白いくらいに上に反っている男性がいた。顎を前に突き出し、足を組んで肘かけにもたれ掛るような姿勢でとてもではないが紳士には程遠い印象を受けた。ひと目で苦手な人種だとわかった。

「研究機関の人間風情が生意気な」
「ワシはよそ者じゃが今は研究機関の人間、そんなに大きく出てよいのかの?」
「ふん!」

 魔法研究機関ジェルダンは立法行政を司る国と、司法を預かる裁判所とは別で「魔法研究」という独立した権利を持っており、例え王族でも彼ら研究機関に一方的に権力を振りかざすことはできないと魔法史の授業で習った。


「そんなことより魔獣の話を聞くとしよう」
「……まあいい、どれほどの腕かみさせてもらおう」

 ようやく会話が成立した。でも、ギスギスした雰囲気は変わらない。

「キャム」
「はい父上」

 魔獣の領民からの目撃情報をひと通り聞いたあと、領主が名を呼ぶと返事と同時にふたり入ってきた。

「息子のキャムと侍従のサラサだ」
「ふむ、それでなぜわざわざ紹介を?」
「息子を連れて行ってくれ」
「調査に行くのじゃが?」
「知っている」

 要は万が一戦闘になった場合、魔法研究機関からきた機関員(エージェント)なら魔獣を簡単に倒せると思っているらしい。一緒についていけば直接魔獣に手を下さなくても、あとで息子が魔獣を倒したなどと吹聴するつもり満々な提案をしてきた。

 キャム・テイラー、テイラー家の長男でゲームの世界で主人公の聖女を苦しめる悪役貴族としてもっとも露出が高いキャラだった。そして中身は私の標的である瀧亞瑠斗(たき あると)に入れ替わっているはず……。

 絶対に痛い目に遭わせる。これは予定ではなく決定事項……。こんなにも早くチャンスが訪れるとは願ってもない幸運。

 そしてそのキャムの隣にいるサラサ──サラサ・ボールドマンこそ乙女ゲーのなかで主人公となる聖女である。なにかにつけてゲームのなかで悪役貴族キャムに意地悪されていたが、まさかこんな5歳の頃から一緒だなんて同情しかない。

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