【Quintet】
『キスしていい?』
「……はぁっ?」
『今度からは許可取ろうと思って。無理やりして沙羅泣かせるのも嫌だし。キスしていい?』

 恋人でもない男からキスしていい? と聞かれて「はい、良いですよ」とは言えない。言えないのに、海斗を振りほどけないのはどうして?

「私達、恋人じゃないのに……」
『今は、な』

海斗の自信満々な態度が気に入らない。意味深な言葉で翻弄されて、魅惑の漆黒の瞳に誘惑される。

『していい?』
「……ダメって言ってもするんでしょ?」
『よくわかってるじゃん。でも今日は沙羅からの許可がないとしない』

 頬に添えられた右手の親指が沙羅の小さな唇をなぞった。子どもっぽくて意地悪で無口なくせに、触れてくる指先は優しくて……

 ──“カイくん”──

 記憶の彼方に聴こえた声は幼子の自分。沙羅が呼ぶやんちゃな男の子の名前は“カイくん”だった。

(私……海斗と同じ瞳の子を知ってる? あの男の子は……海斗?)

おぼろげに色づく記憶の音はターコイズブルー。ピアノを奏でるカイくんの音色は海斗の歌声と同じ海の色、漆黒の瞳は夜の海と似ている。

 太陽と月が交わる瞬間、海斗と三度目のキスをした。



第二楽章~四季~【Summer】編 END
→【Autumn】 編に続く
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