【Quintet】

【Winter】

 ~その人は冬の夜の澄んだ空気のように凛とした神秘的な雰囲気を纏う人~

        *

7月3日(Fri)

 ピアノの沙羅、フルートの織江、チェロの亜未が奏でるメンデルスゾーンの〈ピアノ三重奏〉の音色が日本音楽大学の練習室に響き渡る。

鍵盤楽器ピアノコースの沙羅、管打楽器フルートコースの織江、弦楽器チェロコースの亜未、学科は違うが三人は高校の音楽科からの友人同士だ。

三つの音が重なり合って空気が震える。演奏の余韻を残して三人はそれぞれの楽器から指を離した。

「沙羅、今日の色は?」
「フルートは空の色、チェロは草木の深い緑色、ピアノは入道雲の白色。夏の午後に森の中にいるような音色だったよ」

 織江に尋ねられて沙羅は答えた。
沙羅には色聴《しきちょう》と呼ばれる感覚が備わっている。色聴とは音を聴くと色を感じる共感覚のこと。

幼少期から母親のヴァイオリンに父親のギター、クラシック、ロック、ジャズなどジャンル問わず音に触れていた。音楽を聴くと頭の中に色が溢れて風景が現れるのだ。

 午前の自由時間を終えて午後からは講師のレッスンに入る。昼休みを学食で過ごす沙羅の耳に隣席の女子学生の話し声が聞こえた。

「夏休みの彼氏との旅行どこ行くの?」
「バリだよーん。ヌサドゥアビーチでみっ君とまったりするのぉ」
「いいなぁ。リア充めっ。私なんてこの前の合コン外ればっかりでさぁ。もうすぐ夏休みなのにいい男と出会えない……」
「その前に前期試験クリアしないとねー。課題曲のレベルやばくない?」

恋に浮かれた彼女達の話は今月行われる前期試験の話題に移行する。
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