【Quintet】
 エレベーターが沙羅の客室がある四階に到着する。別れの挨拶を告げて出ようとした沙羅の腕を悠真が掴んだ。

二人が四階で降りた背後で五階行きのエレベーターの扉が閉まった。無人のエレベーターは数秒後に誰も降りない五階で扉を開けるだろう。

「悠真……?」
『沙羅が思ってるほど俺は優しくない。海斗や星夜の方が優しいよ。弟だからわかるよ。俺より海斗の方が優しい』

 優しい声色で紡がれた言葉はどうしてこんなに切ないの?
悠真のギターメロディはいつもそう。
優しいのに悲哀で、冬の夜の澄んだ空気のように凛としているのに掴み所がない。

『俺を追い返すなら今だよ』

掴まれた腕を振りほどけば悠真は自分の部屋に戻る気だ。
四階のエレベーターホールに立ち尽くす二人。どこにも行けない心と心。

「追い返すなんてできないよ……。だって……」

 憧れから灯った淡い恋は遠い昔
 ここにいるのは男と女
 そして再会の熱情で燃える二つの心

「悠真は……私の初恋だから……」

 大粒の涙は沙羅の頬を流れる前に悠真の胸元に染み込んだ。
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