【Quintet】
「ここで寝たら風邪引くよ。ベッドで寝ようよ」

 話しかけても応えがない。為す術もなく沙羅は無言の彼を見つめた。
悠真の寝顔を目撃するのは二度目だ。最初は音楽室のソファーだった。
あの時と変わらず綺麗な寝顔に見惚れている。

今夜は誰と居たの?
どこに居たの?
何をしていたの?

 口を開けば聞いてはいけないことを聞いてしまいそうで怖くなった。
沙羅の知らない大人の世界。沙羅の知らない悠真の世界。
知りたくないのに知りたくて、そんな感情が芽生えている自分が怖い。

 無意識に動いた手が悠真の綺麗な輪郭をなぞる。
触れたいと思う衝動。
どこにも行かないでと心が叫ぶ。

 ──“そのうち自然と誰が本当に好きなのか答えが出てくるよ”──

花音の言葉を信じるなら、この心の痛みが答えなの?
だとしたら本当に好きな人は……

 引き寄せられた唇はもうひとつの唇の上に恐る恐る着地した。しかし数秒だけ軽く触れて離れるつもりが、後頭部を突然押さえ付けられて離れられない。

しばらくして形勢逆転のキスから解放された。彼に舐められた直後の湿った唇は、空気に触れてひやりとしている。

「……起きてたの?」
『キスで起こしたのは誰? 俺は白雪姫になった覚えはないよ』

 たった今まで激しく沙羅の唇を貪っていた悠真の息はまったく乱れていない。彼はテーブルに置かれたグラスと薬に手を伸ばした。
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