【Quintet】
『……沙羅。俺を選ぶのは止めた方がいい』

 PTP包装シートから錠剤を取り出す時のアルミが破れる音、水を飲み込む喉の音、グラスがテーブルに置かれた音、静かに届いた悠真の声。
しんとしたリビングにひとつひとつの音が大きく響いた。

「もう一度恋させるって言ったのは悠真だよ?」
『そうだね』

 わけがわからなかった
寝ている彼にキスをしたのがいけなかった?
夜更かしして帰りを待っていたのがいけなかった?

「なんで急に突き放すの?」
『突き放してない。けど俺は沙羅には相応しくねぇなって思ったんだ。沙羅には言えない悪いことも色々してきた』
「……それは女の人のこと?」
『どうしてそう思う?』
「匂いが……。悠真の服から悠真のものじゃない香水の匂いがした」

 沙羅の答えに悠真が笑った。どこか馬鹿にするような、相手を蔑《さげす》む笑い方は初めて目にする悠真の表情だ。

『沙羅もやっぱり女だな。女は女の気配に敏感だ』
「女の人と一緒にいたの?」
『仕事の後にバーで飲んでた。不味い酒だったから誘いに乗って後悔してるんだ。こんなことなら帰ってひとつでも多く曲を作っていた方が良かったな』

 背中を丸めてうずくまる沙羅の頭に悠真の手のひらが添えられた。どんなに侮蔑の眼差しを向けられて冷たく突き放されても、触れてくる手つきは優しいままで。

手を引かれて彼の隣に座らされた。
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