【Quintet】
第四楽章 ラブソング
 ──「カイくん、サラのクッキー半分あげるね! はい、はんぶんこっ!」

簡単に諦められる恋はそもそも恋じゃない。
俺だって……君が初恋だったんだ──


 ひとつのベッドに二人分の重みが加わる。小さな身体に覆い被さる大きな背中が小刻みに動いていた。
重なる唇から離れて引いた唾液の糸。甘く淫らに鳴く女の声に重なって、低音の声が優しく囁く。

『今は俺だけ見て。俺のことだけ考えて』

 沙羅の髪に、涙で濡れた目尻に、額に、頬に、首筋に、海斗はキスの雨を降らせる。

『沙羅……俺がいるよ。俺がずっと側にいる』

だから泣かないで……。


        *

 海斗は重たい瞼を開けた。カーテンが閉めきられた薄暗い部屋は自分の部屋ではない。

(あー……。腕が痛てぇ……)

枕に添うように固定された右腕が痺れている。海斗の右腕には柔らかな女の髪の毛が触れていた。
彼の腕を枕にして眠っているのは沙羅だ。

(なんとか眠れたのか?)

 こちらはほとんど眠れなかったが、海斗に寄り添う沙羅は穏やかな寝息を立てている。

目の下に残る泣いた跡が痛々しい。日付が変わる直前に兄の悠真と沙羅の間に起きた出来事の詳細を海斗は知らない。
でもリビングから出てきた兄の様子と涙を流して立ち尽くす沙羅を見れば、何があったかは自明だ。
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