【Quintet】
 二階の自室に戻る前にトイレに立ち寄った海斗は、最も顔を見たくない男と洗面所で遭遇した。顔を洗っている悠真の隣で彼は歯ブラシに手を伸ばす。
無言の兄弟の間を流れる水の音が静まった。

『沙羅の部屋で一緒に寝てた』
『そうか』

 タオルで顔を拭う悠真は海斗が沙羅の部屋で“何を”していたとは聞かない。いつもの兄なら問い詰めるくせに、クールな返答が今は腹立たしかった。

『沙羅は兄貴を選んだんだろ。なんで拒絶した?』
『……お前は優しいな』
『は?』
『沙羅に必要なのはお前みたいな優しい男だ。俺には真似できない』

濡れたタオルが洗濯機に放り込まれる。悠真がスイッチを押すと四人分の衣服が入るドラム式の洗濯機が回り始めた。

『意味がわかんねぇよ』
『今日は先に出る。スタジオ集合は9時だ。遅れるなよ』

 多くを語らず悠真は海斗の前から消えた。増幅した苛立ちは拳に込められ壁に叩き付けられる。
罪悪の苦い味が残る口内に海斗は歯ブラシを押し込んだ。
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