また君に会うための春が来て
薄暮れの帰り道を、猫が横切る。車道のかすかな足音に気を止めることはない。あやとさやは、さやが乗るバス停までの道を、歩いて帰る。あやは、長空駅まで歩いて、電車で帰る。バスは、駅とは逆方向に住宅街を走る。
さやは、思った。
「そういえば今日が初めてだな。あやちゃんから『帰ろう』と言ってくれた」
いつも、宙を舞うような感覚に溺れながら、自分からタイミングを見計らって「帰ろう」と言ってきた。
「5月の体育祭までに少し髪を切ろうかな」
あやは、帰り道でよく喋る。部室を出て、文芸部の活動が片付いた解放感から様々な言葉を、さやに放つ。さやは、一つひとつを聞き取りながら、普通の女の子二人組に擬態する術をずっと探している。
「・・・たこ焼き」
「え?」
さやは唐突に「たこ焼き」と呟いた。あやには不意打ちだった。確か、今、来月の体育祭の話をしていたのだが。
静寂は、心の奥に手が届くようだ。
「ずっと聞きたかったな♡たこ焼きに何か思い入れがあるの?文芸部に入部したの、たこ焼きが決め手だった気がする♡」
あやはキョトーンとした。
そして軽く息を飲んでから、さやの両目をジッと見て、言った。
「教えてあげない!」
あやの声は、よく通る声だ。あやは、そう言って、子どものように笑った。
あやは「恥ずかしくて言えないよな!」と言うと、さやより少し短いスカートが、揺れた。さやは、小走りで、あやを追いかけたのだった。
あやは、どんどん速足になった。
「たこ焼きには伝説があるんだ~!」
と、あやの声が響く道で、さやには、二人しかいない道中が、あやを掴んで離さないかのようだった。