また君に会うための春が来て


あやの目に、りおの胸元が、飛び込んできた。入学式の日に初めて見た時「可愛い先輩がいる」と気に入ってから、あっという間に同じ部活になった。次第にあやは、りおの優しくて、知的なところが、他にはない魅力だと思い、惹かれて行った。あやが、数日前に提出した読書感想文は、合格だった。りおは「共感できたところと、共感できなかったところが段落分けされていて、読みやすいですね」というコメントを、あやに返していた。その赤ペンに滲む、優しさと知的さが、自分の15年余りの人生経験では、特殊な存在だった。



りおが、昨年と一昨年の共同制作の内容を説明した。昨年の共同制作は『白猫』というリレー小説、つまり順番を決めて一人800字ずつ、前の人の書いた内容を受けて自分の書きたいように後に続く展開を書くことをした。主人公が白猫で、恋をしたり、ライバルと戦ったりする物語だ。一昨年は『世界の環境保護団体』という随筆を書いた。



あやは、りおをジッと見ていた。自分より背丈の低い身体に、明晰な頭脳が宿っている。りおの頭頂部の動きを目で追う。人の動きを目で追うのは、子役でTV俳優を演じていた頃にはよくあったが、芸能活動から遠ざかって以来久しぶりのことだ。



りおは、スッと部室の入り口の扉を閉めて、外の音を遮断した。シンとした感覚の中で、りおが嬉しそうに、あやの方を向いた。あやは、ドキッとして、目が泳ぐ。

「実際に『白猫』と『世界の環境保護団体』を見て貰おうかな」

あやは、心臓の鼓動を感じた。日頃から委員長風のりおが、女の子だけの空間で動く姿が、可愛い。綺麗に製本された2作品が、棚から引っ張り出され、静寂に包まれた部室で、皆、黙って、真剣に読む。りおは気を遣って「お喋りしながらでいいよ」と言う。



すると、さやが真っ先に口を開いた。

「『白猫』がすごく面白い♡こんなの書けるなんて羨ましいな♡」

隣の1年生部員がクスっと笑い、さやを見て言う。

「私も『世界の環境保護団体』は闇が深すぎる気がする」

それを聞いて、りおは笑った。

「そうなんだよ。闇が深すぎるって皆で話し合って、昨年は『白猫』になったんだよ」

すると奥に座っていた1年生部員が、

「みんな意見があって、いいな。私は、やりたいテーマと言うよりは、みんなで一緒に一つの作品を作るのがすごく楽しみだから」

と言う。

「浦川辺さんはどう思いますか?」

間髪入れずに、あやが「主人公を何にするかだよね?」と答えると、皆がドッと笑った。

「浦川辺さん、難しくて、環境保護団体が無理すぎたんだと思う」

と1年生部員らが口々に言う。しばらくして「今年もリレー小説にしようか」という空気が出来上がって、今年の主人公は「ハリネズミ」になった。あやは『世界の環境保護団体』を頑張って読んではいたが、ニコニコと笑うりおの、首筋がキュッとなって、胸元にずっと意識が向かっていた。華奢な身体だなと、思った。



「りお先輩」

「どうしたの?」

「カーディガンの生地が良いなと思います」

りおは、白いカーディガンの胸元を広げて「これ?」と言う。

「可愛いです!」

りおは、少し驚きながら、「ありがとう」と言って笑った。

りおの誕生日は4月30日。あやの誕生日は4月17日だった。そのような話をして打ち解け合っていると、自然とファーストネームで呼び合うようになっていった。「あやちゃん」「りお先輩」と呼び合う。文芸部という環境で芽吹いていく、二人の感情と、お互いが引き寄せられる感覚は、春の匂いと相まって心と心の重なり合いに発展していく。

りおは、

「誕生日が近いのだから一緒にお祝いとかしたかったね」

と言った。

あやは、

「そうですね」

と照れながら言った。

思えば入学式で、ほんの数秒を見つめ合ってから、運命的な出会いを予感させていた。

そのようにして一日、一日が過ぎていくのだった。

さやが「帰ろう♡」と言うと、あやは「じゃあ先輩、今日もお先に失礼します」と挨拶をした。運動部の声が聴こえる校内を出て、家路につく、あやとさや。

今夜は月が見えるだろうか。薄暮れの帰り道に憩う、甘い感情。珍しく口数の少ないあやに、さやは言った。

「りお先輩は可愛いよね♡」

あやは、ギクッとして「あぁ・・・うん・・・」と声を詰まらせる。

あやは、モヤモヤした感覚に囚われていたが、

「仲良し♡」

と、さやが言うと、あやは、手に温かな感触を感じた。

「友達♡」

さやが、あやの手を握る。

あやはさやを見て、言った。

「皆と、もっと仲良くなりたい」

さやは嬉しそうに言う。

「私もだよ♡」

あやは、友情と愛情とを区別するタイプだった。さやは友達、りおは女性同性愛者として気になる先輩。この二つの区分は厳格にしたかった。しかし大切な友達を失ってはいけない。さやが、やはり自分に同性愛の感覚の好意を寄せていることは、直感でわかるが、かけがえのない友情は、それはそれとして大切にしたかった。
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