また君に会うための春が来て


朝の陽気に包まれた、ゴールデンウィークの文化部室棟は少し賑やかだった。お昼に、軽音楽部が文化部室棟の屋上でライブを行うらしく「文化部の皆さん、見に来てください」と文化部室棟の各部室を訪ねて挨拶周りをしていた。

連休中の文芸部は、1年生部員と2年生の神楽りおが休まず登校し、共同制作を行っていた。今年の共同制作はリレー小説で、主人公はハリネズミだ。この日の昼休みは、軽音楽部のライブを聴くため、部員一同、屋上へ上がることにした。物理部は、連休中の制作課題だったラジコンのロボットが完成した。今朝から文化部室棟の廊下でお披露目をしていた。皆、青春を謳歌しているのだ。

共同制作『ハリネズミ』は、丁度さやが書く番だった。



「そろそろ恋人を登場させてあげようかなって思っているよ♡」



「それだったら木の葉の裏に隠れていたとか、猫に襲われそうになっていた所を助けるとか、現実の男女の恋愛のメタファーのように書けたらいいんじゃないかな?」



「う~ん♡もっと幻想的に書きたいな♡」



そう意気込んで、さやが続きを書いた。



ハリネズミのハリーは、夜中、巣穴で寝る前に、目を開けたまま、いつも独りぼっちの自分に気がつきました。ハリーがお星さまに『可愛い恋人が欲しい』と願いをかけると、お星さまが言いました『諦めない心があればきっと叶うはずだよ』すると流れ星が水平線の彼方に落ちていき、ポシャンと泉に落ちました。ハリーは『泉に行けばお星さまがくれた恋人に出会える』と信じて、明朝から旅に出ました。(中略)やっとの思いでハリーが泉に辿り着くと、ハリーと全く同じ動機で泉にやってきた沢山のハリネズミ達が群れを成していました。ハリーは「これでもう寂しく暮らす必要はないな」と思いました。



あやは、悩みに悩んで、続きを書いた。



ハリーは可愛いと思ったハリネズミと結ばれて、二人で仲良く暮らしていく約束をしました。すると泉に落ちたお星さまがハリーを連れ去って行きました。(中略)ハリーの恋人は、お星さまを追いかけていき、握りこぶしで叩きました。



そして他の部員達が、続きを懸命に書きあげて行った。

りおは嬉しそうに、

「あやちゃんの回は凄く可愛い」

と満面の笑みを浮かべ、

「そもそも、主人公のハリネズミの性別を決めていないよね。このまま性別不詳のまま、読者に悩ませるように書くのも面白いんじゃないかな?」

と言う。

さやも、面白いと思い、

「よーし♡そうしよう♡」

と言う。

りおが、

「起承転結の『転』にあたる部分だと思うから、ここから終盤に向けて一気にストーリーを加速させたいね」

と言った。そのように上級生らしくコメントをして午前中を締めくくった。



文芸部の部室では、先輩・後輩でいるべきかなと、あやは思う。メッセージのやり取りで、少し臆病になっていたこともあって、部室では、りおを目で見て心を癒していた。大きな丸眼鏡に大人しいショーカット、胸は少しある華奢な身体が可愛らしい。「好き」だと言える時がくるまで、愛情の卵を大切に温めておこうと思うのだ。優れた容姿の慢心ではなく、りおがまた心を開いてくれる時を虎視眈々と狙う心で。

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