また君に会うための春が来て
りおは、
「私も女の子が好きだよ」
と言った。りおも再度打ち明けることができた。決して長くない時間ながら、心と心を寄り添わせてきたことの必然とみなせる、きっかけをものにして。
あやは、りおの心がまた開いた瞬間に居合わせることが出来たのだった。
一つひとつの言葉が、予感を連れてきて、拒むことを知らないかのように、受け入れられていく。気がつけば、それをお互いが繰り返している。悪ふざけのような、真剣な恋愛のような、不思議な感覚の中で、心の扉を開くのは、同性ということもあるが、お互いの同性愛者というプロフィールに依るものだろう。二人は、異性愛を基軸とする現実世界で、二人きりの時間の刹那に導かれていく。
あやは、りおがどれくらい自分に好意を寄せているのか、天秤や物差しで測ることができたら良いのにと思った。自分は容姿が優れていて、知的な優しいりおを選んだという感覚から、どこか遠慮も無かった。そこで、芸能界にいた頃の話を少し打ち明けてみたのだった。知ってもらうのが、良いのではないかと。
「女の子が好きな女の子」を女性同性愛者と呼ぶとして、その詳細は様々だ。友情の延長のプレイだという者。性的趣向に過ぎないという者。肉体が女性で、心が男性だから、女性を求める者。肉体も心も女性であり、そのうえで女性を求める者。トランスジェンダーの者。また男性のパートナーを持つ者、そのうちバイセクシャルに区分される者。それに対して女性のパートナーしか受け入れられない者。
二人の周囲は、その内部構造の詳細に立ち入る事無く『禁断の交わり』と冗談めかしてみても、不当な介入を一切せず見守っていた。同性愛に居場所があるべきだと、長空北高校の生徒達は思うのだった。
二人は、女性のパートナーしか受け入れられない女性同性愛者だが、それを、自分自身の真実として知ることができるとは限らないし、相手の真実を信じることは更に難しいのである。