また君に会うための春が来て
2022年6月18日。長雨が終わり、午前中は曇りだったが、昼過ぎから晴れ間が出てきた。土曜日の午後。浦川辺家は、長空駅から二駅離れた駅の徒歩10分程度の所にある。あやの母親は、浦川辺みちよと言う。
「あや。ちょっといいかしら」
みちよは、話しかけ方が幼少期から、それこそ、あやが子役の頃から、全く変化がない。
「はい~?」
と返事をする、あや。
「私、また観音寺さんの所に行ってきたのよ」
芸能界の話だ。みちよが、あやの芸能界復帰に向けて個人的に接近している「観音寺芸能プロダクション」に、また行ってきたと言う。あやは名前くらいは知っていた。
「へ・・・へぇ~」
あやは、みちよに頭が上がらない様子で、この手の話題はなんとかやり過ごそうとする。芸能界に戻る気は、これっぽっちもない。
「貴方さえ良ければね。土下座くらいしてあげるんだからね?戻りたかったらいつでもお母さんを頼るのよ!」
つまり、今は芸能界を離れてブランクのあるあやが「再び芸能界に戻りたい」と言うのであれば、みちよが観音寺芸能プロダクションに頭を下げて、道を開くと言うのである。
「観音寺さんは凄く度量の広い、人情味の有る方で、ブランクもあって、本人が見に来ないにも関わらず、必ず時間をつくって母親に過ぎない私と面談してくれるの!」
「それは・・・うん・・・よかったですね」
「あなたは本当に、自信がなくて・・・」
「じゃ、じゃあ・・・今日は・・・勉強をするから勘弁してほしいな」
そう言って、あやは上手くやり過ごしたのだった。
あやは、自室に籠り、勉強机に、とりあえず向かう。
「・・・自信がない」
階段が、どこまでも伸びていると思えなくなったとき、人は踊り場で立ち尽くすようにできているのだと知っている。
あやは、りおの書いた小説を一度読ませて貰ったことがあった。りおの小説を読ませて貰った時「なんでこんなに書けるようになったんですか?」と聞いたら、りおは「プロ志望です!」と誇らしげに言った。
あやは、
「もしかして私は、甘いんだろうか。生きるってことに」
と思った。
登ろうと思って、登った階段で、生きていくことは、皆同じだということもなんとなくわかる。役者と言っても様々な活動があり、活躍も様々なのだ。だから小説家も同様で、様々なレベルやランクがあって、自分の身の丈と割り切って、階段のどこかに居座って暮らしていくのであれば、それがプロに必要な精神ではないのかとも思えるのだ。つまり小説家を威風堂々目指しているのであれば、それはそれで十分な精神なのではないか。ただ、あやの場合は、そもそも幼稚園の頃に決めた階段だったから、人生の選択肢という考え方もした。もともと芸能活動をする生徒の多い私立堀川学園中等部にいたが、高校は公立の進学校である長空北高校を選んだ。