また君に会うための春が来て
静寂の館内は、勉強が捗る。
よしとが席を立ちあがって、言った。
「自販機行ってくる」
そう言うと、スタスタと同じ階の自販機コーナーに歩いて行った。
目の前の席が空いて、空気が変わる。
高校に入学して、最初にできた男子の友達が、よしとだった。その後も、よしと以外に男子の友達は、作っていない。りおは、すくっと立ち上がり、よしとがいるであろう自販機コーナーへ行った。そこで、コーヒーを飲むよしとと目が合った。
りおは、ホッとして、
「あっという間に終わったね。宿題」
と言った。
よしとは、笑った。
「7:3の7くらいで、神楽がやってくれたから一本奢るよ」
と言って、よしとはりおのために、コーヒーの微糖を買った。
「ほら」
少し申し訳無さそうな顔をして、りおは受け取った。
「ありがとう」
そして、直ぐに蓋を開けて、飲み始めた。
ゴキュンと音がする。
微糖。
よしとは、唐突に話始めた。
「1年生の時に神楽に言われたことを思い出した」
りおは目を丸くしてよしとを見たが、よしとはりおを見ていなかった。
「あの頃の俺、ガキだったから、なんで突然フラれたんだろうなって思った」
そう言って、自分のコーヒーを飲み干した。
りおは黙って聞いていた。
「浦川辺さん、少し子どもっぽいところがあるかもしれないけれど、心の造詣の浅い、深いでやるものでもないだろう」
りおは、飲んでいたコーヒーの微糖を噴き出しそうになって、むせてしまった。
「何を突然に言うのか」と言い返し、「やめて」と言った。
そして「そこまで立ち入ってアドバイスしないでよ」とまくし立てた。
りおは、顔から熱が出てくるのを感じながら、
「男子を性対象として見れない。前田君には割れた鏡のようなものなんだ」
と言う。
よしとには、りおが何を言いたいのかわかる。
「じゃあ先帰る」
「いいよ。独りで帰れるから。今日はありがとう」
そう言って、りおを置いて、自販機コーナーから、そそくさと出て行った。
りおに、自分の背中がどう映ったのか、後から少し、気になった。
図書館を出て、帰路につく中、薄暮の街並みが、よしとは、聞いてくれると思った。
「可哀想だなんて思ったことは一度もない」
自転車で前を向いたまま「割れた鏡」をイメージした。自分の顔が映る破片を剥いていくと、血がこびりついて、代わりにりおの顔を覗くことができる「割れた鏡」を。よしとは、「心の造詣の浅い、深いでやるものではない」と自分で言った言葉に、首が絞まる思いだ。
「女の子だろうと、なんだろうと、もっと気楽にやってくれたら」
そう思うのだった。昨年から、友人男子として見守っていた、見守ることを許されていた身としては、女性同性愛者としての道を『相応しい人物』と添い遂げて貰いたいと思うのだ。