また君に会うための春が来て
まだ蝉の声が聴こえる、9月中旬。雲が通り過ぎる空と廊下の窓。
あやが、ペットボトルの飲料を飲んで、カバンにしまうまで、さやは、二人の間にある空気を確かめるように、あやを見つめていた。
さやは、あやの手をキュッと握ると「どこへ行こう♡」と楽しそうに言う。
あやは、さやの手の感触に、ギクリとして、歩く足の歩幅が、噛み合わなかった。
「さや」
と、小声で呼んだ。聞こえないかもしれない小さな声で、さやを呼んだ。
さやは、立ち止まって、振り返った。満面の笑みを浮かべて、静止する。
汗ばんだ笑顔と、少し明るい髪。
周りの雑踏、往来する人の声。
「あやちゃん♡」
笑ったままの、さやの顔が、あやの心に刻まれる。
透き通るような肌も、薄い唇も、最初に会った時と何も変わらないはずなのに、このとき鮮明な一枚絵は、さやの感情を伝えた。
「ずっと楽しみだった♡」
あやは、「うん」と頷いた。
さやは、「やっぱり、女の子同士というのは、嫌なのものなのかな」と思った。
バラを好む者に限って、トゲを厭わず、恋心が臆病を許さない。
友達に擬態してしまう前に、伝えなきゃならない。
一歩の距離もない。
「大事な話があるの♡」
さやは、口火を切った。
それは、クラシックの演奏のような、清らかさで、あやの騒めく心を、優しく撫でた。次第に澄み渡る真っ白な空間で、鮮明なさやの両手の手のひらが、あやに向けられた。
さやは、指でハートマークをつくって、
「恋したんです♡」
と心の中で、唱える。
気持ちを伝えるのは、嫌らしいことではない。好きという感情は、後ろめたくない。伝えることは、何にも悪くない。さやはそう思うのだ。
「来週の花火大会に・・・行きたい♡」
さやは、言い切った。
あやは、同じくらい大きな笑顔で言ってやった。
「いいよ!行こう!」
そう言って、さやの手首をガバッと掴んで、人混みを走り出す勢いだった。
そして、さやは望んで友達に擬態する。
「そういえばさ♡軽音楽部の人♡またあの曲を歌ってくれるかな?」
「行かなきゃいけないんだよな!」
いつも通りの二人に戻って行くのだった。