また君に会うための春が来て




2022年9月25日夕方。長空駅から南へ電車で一駅の駅で、あやとさやは待ち合わせた。駅から少し南へ行くと河川があり、更に東へ歩くと、花火大会会場の大規模グラウンドがある。行き方は何通りもあったし、さやは家から歩いていける場所だが、会場から一番近い駅で、待ち合わせた。



浴衣姿のさやが、改札出口で佇んでいると、日の落ちた空からやって来たように、猫が駅前の歩道を歩いて来た。黒猫が、浴衣姿の人々をかきわけて。



「あやちゃんかな♡あやちゃん、黒猫になっちゃってたりして」



と、さやは思った。幸せそうなカップルや、女の子の集団が、さっきから何組も行き来する駅前の通りを、ただ眺めていた。「もう一匹、後を追いかけて来るのかな」と思っていたが、黒猫は一匹でスタスタと歩いて行った。



俯いたままさやは、自分の中学時代を思い出していた。男子から告白されたことは何度かあった。そのほとんどが、お話したことのほとんどない人達だったなと、思い返した。煩わしいとまでは思わないが、いまいち関心が持てなかった。



「長空市立第三中学から来ました。雛菊さやです」



今年の入学式の後のホームルームで、自己紹介をしたことを思い出した。あの日から魅せられ続ける、魔性の正体が黒猫のようなあやだと、その一方で着実に歩んできた今までの時間が、裏切らない二人の関係性を、等身大の人物象を鮮明にしながら、強くしていく。



「私立堀川学園中等部から来ました。浦川辺あやです」



さやが、あやの自己紹介を思い出して、顔を上げると、嬉しそうに微笑むあやがいた。ちょうど今やってきたあやが。あやは、さやの肩を抱きしめて、「お待たせしました!」と明るく言った。いつになく高い声で。



浴衣と浴衣を介して、肉体と肉体が合成される感覚に、さやは目を閉じて、スゥっと息をした。そしてあやの心臓の音を探した。自分と同じ鼓動が、あやから伝わってくるかなと思って。



あやは照れながら、腕をほどくと「花火は50発上がるんだって」と言う。ほどかれた腕が寂しく空を過りながら、さやは、心の中で数えていようと思うのだった。それが、あやにとってなんでもないことだと思いつつ。



そして、雷のような音で始まった。長空市花火大会は開催された。会場は、大勢の立ち見客と、ビニールシートを敷いて見ている家族連れがいて、屋台もいくらか出ていた。



夏の終わりに、提灯の灯りが真っ暗な夜空と一つになって、花火は、同じ色をする人たちの胸に、一瞬の煌めきを見せつける。



あやは、さやに言わなければならないことがある。



さやは、花火の鮮やかな光を見て、



「髪の毛、金色の人は、怖い人だなって思ってた。周りを、寄せ付けたくないのかなって思って」



と話し始めた。



あやは、遮るように、



「今は違う」



と言った。



さやは、



「あやは違う」



と言うつもりだった。



花火は、見た人の心の中で、やがてどう描かれるのかを、まるで知らない。



「怒った?」



とさやが言うと。



首を横に振ったあやが、肩を寄せ合った。



「中学ではそうだった。私立の、芸能関係の人が多い学校だったから。高校は、違う自分になろうとして、公立を選んで」



一羽の蝶が、羽を休めているような、二人。







ドンッ



ドドンッ







「さや、私は、さやに出会えた」



「でも、ごめん。私、りおと付き合ってる」



「女の子が好きで、りおと」







あやは、さやに寄り添った。出来上がった友情の自覚と自負心は、返事を曖昧にしてきたことへの罪悪感を拭っていた。







ドンッ



ドドンッ







さやは、あやのピンク色の唇を、突然、奪った。



一羽の蝶が、羽を閉じるように、重なり合う、あやとさや。



あやは、確かに必要とする存在の尊厳を守りたかった。それが「花火の夜だけ恋人になる」という決心に打ち付けられて、さやの唇を唇で許したのだった。



さやは、



「全部本当なんだ。笑った顔も、怒った顔も、私を求めるときも、突き放すようなときも。あやは女の子が好きで、私が好き。そしてもっと好きな女の子がいた」



と、思った。



離れた唇は、追いかけることを禁じられているかのように、キュッと結ばれた。



あやは



「裏切らない」



と言った。



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