また君に会うための春が来て
視聴後の喫茶店で、楽しく会話をする二人。
あやは、
「小説の参考になった?」
と聞いた。あやは、確かに上から目線かもしれない。自分は元子役・芸能人だった。ドラマにも出演したプロだ。りおは、これから小説家のプロになりたい。あやにとってりおとは、その健気な背中を応援する客体だった。それはそれとして、自分の心に必要なもう一つの心と、そこに同梱された様々な精神の一つひとつを、愛していきたいという目線だ。
りおは、一つひとつの言葉や問いに答えながら、
「何度か相談に乗ったけれど、あやは本当は芸能界に戻りたいのかなって思う時がある」
と言った。りおは、少し嫌な言葉かと思いつつも故意に言ったのだった。あやの心の扉、閉ざされた内側の扉を叩いて。互いの心の造詣の違いが魅力という感性になるなら、好きという言葉を綴って差支えないだろう。
「全くない!」
あやは、自分の事は相変わらずだった。確かに才能の限界を受け入れて中堅どころでも図太く居座って生きることは必要な精神だとは思う。しかし芸能界の外の世界は、あまりにも安穏としていると思うのだった。
あやは、
「月をテーマにする詩を書く」
と言った。りおが、思い出したように夏休み中ほとんど会えなかった事、受験勉強が忙しくて「ごめんね」と言うと、あやは、嬉しそうにした。あやは、少し考えて、りおのような優しい言葉を言いたくて「無理に何度もデートするより、ずっと大切にされている気がする」と言ってみたのだった。りおの心の扉が、さらに内側の扉が開くと思って。
ある日、学校の廊下を二人で歩いていると、りおは、
「私の何が好き?」
と言った。あやは、知的さと優しさだと答えた。りおより、もっと賢い人はいるかもしれない、優しい人もいるかもしれない。でも、りおを手に入れたいと思って、逸る気持ちを抑えきれず、
「りおより勉強できる人、腹立つ」
と言った。あやは、自分の短慮さに気がつかないこともないが、そのような自分の特長が、りおと一致しない自分の個性で、むしろ関係性を牽引する力ではあると思う。
しかし、りおには、あやの拙速な所が、確かに一抹の不安も連れてくるのだ。女性同性愛者といっても、その内心に様々なカテゴリがある。好きとは恋人だという事、では恋人とは何なのか。恋人とて自分とは違う人物とは、根本的にシークレットで、知ろうとすれば煙のようだと、りおは思う。
「小説家を目指しているから好きなのかと思った」
これには、あやは、驚いた。ただし別に構いはしない。好きと言う気持ちが本当にそのように伝わってしまっていたとしても、時間が何度でもチャンスをくれるのも恋人だから。ただ、意地悪な事を言われたのかと思い、りおの眼に映る自分を無性に確認したくて、りおの腕をグイと掴んで、顔を覗き込んだ。