また君に会うための春が来て




りおは、あやの反応に驚いた。



「そんなに焦らないでも大丈夫。私達しかいない世界だから」



あやは、これが些細な嘘であることを知らない。あやは、りおの両眼に映る自分にまた会うことができることを確信していたが、このわだかまりにもならない感じを今りおから受け取った意味に気がつかなかった。



それからまた順調な日常の中で恋人の関係性が築かれていく。







中秋の月夜。ある日の文芸部の活動の後、あやは、神楽家の近所の公園まで、一緒に帰った。恋人らしく見送るために。



りおは、



「日が落ちるのが、すっかり早くなったね」



と言う。



あやは、



「りおは、いまどんな小説を書いているの?」



と聞いた。りおは、飢えた乞食が、カラスに、なけなしの食べ物を取られそうになったとき「やめろ」と言うと、カラスが乞食に食べ物を返す話を書いていた。その乞食が、その後結局餓死寸前になるのを見計らってカラスがまた飛んできたときに、「分け与えるというのはどうだろうか」と言って、わざと自分の肉を食べさせる。カラスは乞食の魂を大切に持ち去ると、魔導士の魔法で一つになって、獰猛な戦士へ生まれ変わり、私腹を肥やす貴族や豪族に、復讐とばかりに討ち入る。



あやは、嬉しそうに聞き、こんなに優しくて賢い人はいないと思うのだった。



りおは、



「獰猛な戦士は自己犠牲のお姫様に出会って変わるんだよ」



と言う。



あやは、少し気になって、



「自己犠牲のお姫様はどんな人?」



と聞いた。りおは、また楽しそうに話をするのだった。出会った頃のように、文芸部の活動が二人の時間を巻き戻して、何度でも、打ち解け合ってはしゃいだ日を連れて来る。文芸部の先輩と後輩だった螺旋階段の始まり。



そして、しばらく二人で見つめ合っていた。



春に桜が咲き乱れる日も、真夏の暑さの日も、風景画のような秋も、こうやって目と目で通じ合った。恋人になって、またやってきた公園で、秋の月夜。



あやは、心を落ち着けて、



「いいよね」



と言って、りおに顔を近づけた。りおが、拒まない事を知っていたかのように。



二人きりの公園で、月が、私達を許してくれる。そして、二人はいつまでも唇を重ねて、一つになっていた。りおは、生まれて初めて訪れる瞬間を、頼もしい恋人と共に迎えることができたのだった。互いを行き交う感覚が一つになるまで、重なり合ったまま、夜は二人を優しく包む。

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