イノセント・ラブ
廊下から薄いドアを一枚隔てた7畳ほどのプレイルームには、シングルサイズのマットレスと大人2人入るのがやっとな広さのシャワールームがある。

私物を入れる引き出しのついたサイドテーブルの上には置き時計とタイマー。

シャワールームにはイソジンと使い捨ての歯ブラシ。

マットレスの枕元にはローションとティッシュ。
そして、この店のコンセプトのベビードールが畳んで置いてある。

私服からベビードールに着替えてグロスを塗り、胸下まであるロングヘアをブラシで整える。

『うちの店は箱ヘルだと高級店の部類に入るから未経験者は採用していないんだけど、君は即採用だよ!18才の若さに、スタイルの良さ、何より圧倒的な顔の可愛さ。ナンバー入りも夢じゃないよ。源氏名は、そうだね。ユキにしよう。肌が雪みたいに白いからね。ユキちゃん、これからよろしくお願いします』

面接時の店長の言葉は現実となった。

2ヶ月前に入店した私は、気づけばNo.2になっていた。

入店2ヶ月でNo.2になった時、店長はこれでもかと喜んだ。
『僕の目に狂いはなかったよ』と。

この業界でナンバーというものは重要なんだと知ったあと、挨拶程度しか交わしたことのないミオさんの態度が変わった。

…ナンバーにこだわりなんてないのにな。

そんな私の心中とは裏腹に、周りからは嫉妬や焦りが入り乱れているのを感じていた。

壁に備え付けられた鏡に映るのは、少し大人びたメイクに艶やかなグロスが光るベビードール姿の『ユキちゃん』

プレイルームの内線が鳴り響く。来客を知らせる合図だ。

サイドテーブルの上に置かれた来店予約のメモを確認する。

【17:00 本指名 タナカ様 90分】

入店してすぐに気に入ってくれて、週2のペースで通ってくれている常連客だ。

ドアをノックする音が聞こえて、口角を上げてドアノブを捻った。

プレイルームまで客を案内してきた内勤は足早に立ち去っていく。

「タナカさん、また会えて嬉しい」

ニコッと微笑むと、常連客のタナカさんは頬を赤らめた。

ーーーーーーーー

「ユキちゃん、今日も良かったよ。帰りに次の予約も取っていくよ。ユキちゃんは人気者だから、すぐに予約が埋まっちゃうからね」

プレイが終わり、シャワーを浴び終えたタナカさんはワイシャツのボタンを閉めながら言った。

「タナカさん、いつもありがとう」

1度脱いだベビードールをまた着て笑顔でタナカさんを見つめると、タイマーが鳴った。

タナカさんが靴を履いたのを確認して、内線の受話器を手に取る。

「お客様お帰りです」
プレイ時間が終わったことを告げる。
しばらくするとドアをノックする音が聞こえた。

ドアを開けると、廊下には内勤が立っている。

「タナカさん、今日も楽しかったよ。またね」

笑顔で軽く手を振ると、タナカさんはまた頬を赤くしてから、またね、と応えた。

バタン、とドアが閉まる。

キャストと客が一緒にいるのはこのプレイルームにいる間のみ。

プレイ時間が終われば、内勤が店の出入り口の扉まで客を見送るシステムになっている。

グロスを塗り直して次の予約を確認する。
今夜も、私の出勤時間は予約客で埋まっていた。
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