イノセント・ラブ
ツン、と冷たい風が吹いて体が一気に冷える。

真夜中なのに相変わらず歌舞伎町は人であふれているけれど、そこに温かさはない。

キャッチやスカウトの声を無視して、歌舞伎町を真っ直ぐ歩いて15分。

喧騒から離れた路地裏は、まるでこの場所だけ昭和から取り残されたようにポツンと静まり返っていて、どこか寂しそうだ。

家賃5万円。オートロックもエレベーターもついていない、年季の入ったアパートに私は住んでいる。

シングルベッドにテーブル。
クローゼットの中には最低限の洋服。

テレビのない殺風景な8畳ワンルーム。2ヶ月前に保証人要らず、敷金礼金ゼロで入居した部屋だ。

テーブルの下から貯金箱代わりの小物入れケースを取り出す。

給料袋から1万円だけ財布にうつして残りは小物入れケースにしまう。
その生活を2ヶ月繰り返していたら、いつの間にか小物入れケースの中身は200万円以上貯まっていた。

メイクを落としてシャワーを浴びる。
商売道具の体にボディクリームを馴染ませて、スキンケアを済ませて、髪の毛を乾かした。

スッピンにスウェット姿のままダウンジャケットを羽織り、冷蔵庫の上からツナ缶を一つ手に取って部屋を出る。

行き先は3軒隣のアパート。

チカチカと点滅する街灯は、真っ暗な路地裏を少しだけ照らしてくれている。

「ミーちゃん」

3軒先のアパートの前で立ち止まり、勝手に名付けた名前を呼ぶけれど、ミーちゃんは姿を現さない。

「ミーちゃん、ご飯を置いていくからあとで食べてね」

蓋を開けたツナ缶をそっとアパートの軒下に置く。

1ヶ月前、このアパートの軒下で子猫を見つけた。

人間慣れしていない野良猫なんだろう。近付くと逃げられてしまった。
次の日もまた次の日も子猫は軒下にいて震えていた。

私の住んでいるアパートはペット禁止だし、何より人間を避ける子猫を怖がらせたくなかった。
だけど、なんだか放っておけなくてツナ缶を置いた。

翌日、軒下に置いたツナ缶は中身が綺麗に食べられていた。

それから、毎晩ツナ缶を置いては翌日空になったツナ缶を拾い嬉しくなった。

最近、ミーちゃんと名付けた子猫はツナ缶を置く時だけ顔を見せてくれるようにもなった。

「ミーちゃん、おやすみ」

今夜、ミーちゃんは軒下にはいないのだろうか。
好きな時に好きな場所へ行けるミーちゃんは、いつだって自由だ。

どこかにいるミーちゃんに別れを告げ、部屋へと戻った。
< 4 / 9 >

この作品をシェア

pagetop